Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

命の重さ、日常の愛おしさ

f:id:matushino:20200807165757j:plain

『いとの森の家』(2014年)東直子作 ポプラ社

※毎週月曜・金曜の19時(ちょっと遅れることもあり💦)更新中!

Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

8月のこの時期は、たいてい戦争文学を取り上げているのですが、なんだか今年は特に8月にこだわらなくてもいいかな、という気持ちです。8月は戦争を忘れないことに意識が向く人が多いので、逆に違う時期(みなが忘れている頃)に取り上げてもいいのかな、って。

 

といいつつ、今日の一冊もほんの少し触れられているだけだけれど、だからこそ戦争の残したものについて考えさせられる一冊。戦争文学ではありません。でも、戦争を体験した人からは一生傷が残るのだなあ、ということを教えてくれる。メインは田舎暮らしのワクワクなので、この程度触れられるくらいのほうが受け入れやすい人多いのではないかな。

 

 

『いとの森の家』あらすじ

福岡市内の団地から緑に囲まれた小さな村に引っ越してきた加奈子は、都会とのギャップにとまどいながらも、次第に自然の豊かな恵みに満ちた暮らしに魅了されていく。 そして、森で出会った素敵な笑顔のおばあさん・おハルさんと過ごす時間の中で、命の重みや死について、生きることについて、考えはじめる――。 深い森がはぐくんだ命の記憶を、少女のまなざしで瑞々しく描いたあたたかな物語。 第31回坪田譲治文学賞受賞作。(出版社HPより転載)

 

 

はじまりは何やら不穏。田舎道一面にしきつめられた車につぶされた蛙の死骸......それに気持ち悪くなってしまった主人公のかなちゃんは、初登校なのに保健室登校になってしまう。ああ、このまま田舎に馴染めない物語なのかな、と思いきや!すぐに田舎暮らしの楽しさ満載になるので、ご安心あれ。いじわるな人も出てこないし、ホントに安心して読める物語です。

 

作者の東直子さん自身の子ども時代を振り返って、書いた物語だそうで、舞台は福岡県の糸島郡。なんて、美しいところなんでしょう!行ってみたくなります。

 

 

虫はオモチャにしていい?命について考える

さて、どんな田舎暮らしかというと......読み始めてすぐ、まずね、オケラに惹かれます(笑)。小学校で、Myオケラを戦わせるのが流行るのですが、私もオケラデビューした~い!となりますよ。虫が決して得意でない私ですら、その魅力に思わず調べてしまいましたもん。オケラってこんなにかわいいんだ、シラナカッタ。

 

ただ、やっぱり”ミミズだ~って、オケラだ~って、アメンボだ~ってぇ~、みんなみんな生きているんだ......”のあの歌が頭をよぎりますよね。案の定、先生からは禁止令が出されてしまいます。うんうん、命。オケラの気持ちになってみな、って。

 

そうですよね、そうですよね。私も以前はそう思っていました。でも、最近は思いは複雑です。人を殺すような事件を起こす人は、実は虫も殺したこともない子が多く、命の重みを実感できないことに関係しているのでは、とも聞きますから。残酷かもしれないけれど、大人の倫理観で、子どもたちの虫と触れ合う機会を奪ってもよいのかな。じゃあ、水族館は?動物園は?あれは魚や動物の気持ち考えたらどうなの???ペットは人間の都合じゃないの?

 

ある方が言ってました。子どもには虫を殺すなという大人が、ビルや住居を建てるために、一気に自然を壊し、生態系を壊してる、って。そして、そこに物申す大人はいない。

 

もちろん、むやみやたらに虫をオモチャにすることに賛成なわけじゃない。でも、それって子どもたちが自分たちで気づいていくことなのかな、とも思うんです。

 

色んな”問い”をくれます。これは、大人側の宿題だなあ。

 

犯罪者に同情はいらない?命について考える2

 

先に述べた通り、物語全体は楽しい田舎暮らしの思い出の話です。でも、私が一番印象に残ったのはおハルさんという素敵なおばあさんの存在。おハルさんは、「死刑囚の母」と呼ばれ、受刑者を慰問し、たくさんの手紙を交わした白石ハルさんという実在の人物がモデルになっているそうです。

 

死刑囚になるほどの、凶悪犯には同情などいらないのでしょうか?

慰問するおハルさんに厳しい目を向ける村人もいます。だって、引き取り手のいない死刑囚の遺骨を引き取ったりもするんですから。慰問だけならともかく、やっぱり村にそういうものを持ち込むことを嫌がる人がいるのも、分かります。自分の家族が犠牲者側だったら、憎んでも憎んでも憎み切れないのが現実かもしれません。

 

ただ、以前書いたこちらを読んでも、加害者たちの心に寄り添うことも、いかに大切かを痛感させられるのです。↓

jidobungaku.hatenablog.com

 

おハルさんと死刑囚の方の手紙のやりとりは心に響くものがあります。どんなことを書くのかとたずねたかなちゃんに対し、おハルさんはこう答えます。

 

そうね......いろいろだけど、たいていは他愛のないことよ。その日食べたお料理や、読んだ本のこと、窓から見えた景色とかね、どうでもいいようなことばかりどんどん書くの。あの人たちも、書きたくてたまらないみたいよ。同時にね、読みたいみたい。誰かの、なんでもない日の、なんでもないできごとを。自分も、この人たちも、今は確かに生きてるんだなって確かめたいのね(P.223)

 

いかに日常が愛おしいことか。人間最後の日に味わいたいのは日常なんだなあ、って。

 

そして、おハルさんがなぜそんなことをしてるのか。

 

おハルさんは開拓移民として結婚してアメリカに渡っています。そこで、起きた戦争。人間として扱ってもらえなかったこともある。苦労の連続。

 

かなちゃんたちからは、おハルさんは優しい人に見えてるかもしれないけれど、それだけじゃない本当はいろいろなのだ、とおハルさんは語ります。

 

残酷なところもいっぱいあるの。残酷な時代でしたからね。踏みつけてきたのよ、たくさんの命や、心を(P225)

 

戦争は終わっても、人々の心の傷に終わりはないことをさりげなく教えてくれます。

罪悪感があるから、おハルさんは慰問を続ける。

 

とはいえ、全体を流れる空気は全然重たくないです!

田舎暮らしの楽しさ、ワクワクの中に、大人は宿題をもらえる物語です。