Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

いい物語ってなんだろう

f:id:matushino:20210729221020j:plain

いい物語って、心を大空へ羽ばたかせてくれますよね!

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

 Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

今日はいただいたご質問に対するお返事を書いてみようかと思います。

 

先日ご紹介したコチラ↓

jidobungaku.hatenablog.com

 

に対し、Facebook上の『大人の児童文学ページ』で以下のようなコメントをいただいたんです。

 

ご意見を伺っても良いでしょうか。

最近人気の絵本・児童文学は狭い人間関係のなかででどうやって生きていくか…という、大人の問題を子どもに丸投げしている作品がやたらと目に付くように感じています。「親子とは」とか「嫌いな子がいたときは」とか。

 

でも私が子どもの頃に本に期待していたのは「他人がどうかではなく、自分はどうあるべきかを問え」というメッセージだったような気がするのです。あるいは、リアルな人間関係をうち破るスケールの大きな物語とか。昨今の児童文学の閉塞感と、テーマの狭さは連動しているようにも思えるのですが、考えすぎでしょうか。

長くなってしまいましたが、ご意見をいただければ幸いです。

 

えー、私のような者が意見だなんて、おこがましいわ……と思ったのですが、ん?待てよ?さんざ普段こちらのブログで言いたい放題意見してるのだから、ここは興味深い“問い”をいただいたのだから、考えてみたいなと思いました。

ナルホド!大人の問題を子どもに丸投げかあ……考えさせられます。

みなさまのご意見も、ぜひ伺いたいなあ。 

 

『ハッピー・ノート』は書いたとおり、私は終始主人公にイライラして読みました。『ハーブガーデン』も。

 

私には合わなかったけれど、でも、これを読んで「私だけじゃなかった!」「私の気持ちがここにあった!」と思って救われる子もいるのかな、って思ったんです。

ところが、学校司書をしている方からはこんなご意見が……↓

 

これねー、、出す方多いと思う。

多分、“子どもたちのリアルに寄り添う”って気持ちなんだと思う。

だが、しかし!

これは、子どもたちの[感覚、感情]のリアルじゃない、大人がセンチメンタルに作った箱庭みたいなリアル。

だからねー、実は、子どもたち、ピンときてない、、笑

「いい」って言う子もいるのかな、、わたしは聞いたことない。

大人は好きだよね、この本は。大人が読後絶賛ってのは、聞く。

ちなみにーー、、わたしはインナーはチャイルドだもんで、好きでない。鼻につく、、ツマンナイ、読むほどでもない。って感じでした。

 

あ!そうよね、子どもたちを見くびっちゃあ、あかん!って、このご意見読んでハッとしたんです。

 

“あなただけじゃないよ”っていう寄り添うメッセージは大事なことだと思うのですが、あまりにも直接的すぎるというか、答えのようなものを簡単に提示しちゃってるというか。

 

人間だけが世界じゃない!というもっとスケールの大きいものや、一見関係ないような物語(←ココが大事)を差し出しても、子どもはそこから自分で、“自分だけじゃないんだ”ということや、さまざまなことを学び取ると思うんですよね。

 

私も、“〇〇の場合は、どういう本がいいと思いますか?”と色んなパターンを聞かれることがよくあるのですが、テーマが狭いときは、いつもモヤモヤします。テーマがあるから、なるべくテーマに沿ったイメージや、“答え”的なものが書かれている本をどうしても出しがち。でもね、心の中では、本当は私にとっては、こういう物語が一番響いたんだけど、でもこれは相手には伝わらないだろうなあ、とか躊躇してしまう。相手が“分かりやすい答え”を求めてるから。

 

例えば、人間関係に悩んでる子が『長くつしたのピッピ』読んだら、急に元気になるかもしれない。『大きな森の小さな家』や『楽しい川辺』を読んだら、自分の悩みを忘れちゃうかもしれない。でも、友だち関係に悩んでるんですけど、いい本ありますか?と聞かれてそれ差し出しても、大人は“へ?”ってなる気がするんです。

 

一見関係ないように思える物語たち、それは、現実逃避ともちょっと違う。急に世界が開ける感じ。本当に響く物語って、狭いテーマで書かれていないことが多いんですよね。だから、そのときどきで響くところが違う。自分がそのとき持ってる“問い”次第で、印象に残るところが違う。そして、それは作者や手渡す人からメッセージや価値観を押し付けられるんじゃなくて、読む人が自分で自分に響くところを発見するんですよね。

 

今日はちょうど昨年話題になったコチラのベストセラーを読んでいたのですが、そこにも、ああ、と思うことが書かれていました↓

f:id:matushino:20210729221853j:plain

スマホ脳』(2020年)アンデシュ・ハンセン著 久山葉子訳 新潮社

 

SNSなど情報の渦にいる子どもたちは、常にご褒美が手に入る状態。クラシック系の楽器を習う子が激減しているそうなのですが、それは今の子どもは即座に手に入るご褒美に慣れているから、すぐに上達できないとやめてしまうから、なんだそう。

 

読書でも同じかも。即座に入る“答え”らしきもの、ご褒美を求めてしまう。でもね、それは子どもというより、差し出す大人のほうなのかも。物語が面白ければ、子どもたちは夢中になるし、そこから今の自分に必要なメッセージをつかみとるもの。自分で。子どもたちを見くびっちゃあいけない(←大事なことなので、何度でも言います笑)。

 

誤解なきよう、『ハッピー・ノート』が子どもを見くびってる、と言いたいのではないんです。色んな本があっていいと思うので、共感できる本があるのはいいことだと思ってます。ここから、次の本に、世界に広がれば。ただ、差し出す大人があまりにも狭いテーマや、直接的な”答え”のようなものが書かれているものばかり差し出す傾向に、見くびるなと言ってるのです。偏っている。

 

リンダ・ホーガンという人が『大地に抱かれて』という本の中でこんなことを言っています↓

 

「物語」といわれる作品は、小説とちょっとちがって、個人の問題よりは、積み重ねられた人類の知恵を語る。そして、そのために人物よりは出来事を、場所よりは時間の流れを追う

 

狭いなあと思う児童書は、物語ではなく、小説になってしまっているのかもしれません。自分にぴったりのテーマで、共感できて一気読みするわりには、モヤモヤは晴れない。狭い世界から抜け出せない。

 

児童文学の良さってね、人間だけが世界じゃないよ!って見せてくれるところにあると思うんです。動物だったり自然だったり、はたまた異世界だったり。

 

直接的な答えがなく、追体験によって自分で答えを見つける分、すぐには分からないけれど、じわじわ効く。 何年もかけて血となり肉となっていて、気付いたら困難に陥ったとき支えになってくれていた……それが私が考えるところの児童文学です。

 

言語化できないけれど、なんかワクワクする!気付いたら元気になってた!仲間外れにされても大丈夫になってた……自分には違う世界があるから。それで、いいんじゃないかな。そして、そういう物語を、すっと差し出せる大人になりたいなあ、と改めて思いました。

 

ご質問いただいた、Mさま、考える機会をいただき、ありがとうございました!!!

赤ん坊はすべての希望

f:id:matushino:20210726191517j:plain

『神さまの貨物』(2020年)ジャン=クロード・グランベール著 河野真理子訳 ポプラ社

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

 Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

今日の一冊は、本屋大賞第2位を取ったコチラ。

本屋大賞で、子ども向けの本が選ばれることは少ないので、そういう意味では嬉しかったなあ(この賞とは個人的には相性あまり合わないのだけれど)。

 

短いお話です。大人なら1時間足らずで読めてしまう短さ。

でもね、印象に残る物語です。”自分ならどうしてたかな?”そう問いかけずにはいられない物語。

 

 

『神さまの貨物』あらすじ

 

大きな暗い森に貧しい木こりの夫婦が住んでいた。きょうの食べ物にも困るような暮らしだったが、おかみさんは「子どもを授けてください」と祈り続ける。そんなある日、森を走りぬける貨物列車の小窓があき、雪のうえに赤ちゃんが投げられた―。明日の見えない世界で、託された命を守ろうとする大人たち。こんなとき、どうする?この子を守るには、どうする?それぞれが下す人生の決断は読む者の心を激しく揺さぶらずにおかない。モリエール賞作家が書いたこの物語は、人間への信頼を呼び覚ます「小さな本」として、フランスから世界へ広まり、温かな灯をともし続けている。(BOOKデータベースより転載)

 

おとぎ話のような体裁をとっているけれど、内容はホロコースト。だから、重いです。

絵画的というか、非常に視覚的で、まるで一つの劇を見ているような……と思ったら、作者は劇作家さんなんですね、納得。

 

多くは語れないけれど、一つ言えるのは、赤ん坊は“希望”だ、っていうこと。

赤ん坊って、物理的に何か役に立つわけじゃない。労働力になるどころか、むしろ世話が焼ける存在。

 

ユダヤ人を“人でなし!”と決めつける、本当の意味での無知な木こり。でもね、奥さんに赤ん坊の心臓に手を置かれて、もう本能から湧き出る愛は止めることができなかったのです。

 

3.11のときもよく聞かれたのだけれど、“こんな時代に子どもを産んでしまってよいのだろうか。それはエゴなのではないか”という葛藤。

でもね、赤ん坊はいつの時代だって“希望”なのです。

 

インドの詩人で、アジア人で初のノーベル文学賞を取った、ラビンドラナート・タゴールの詩をご紹介しますね。

 

すべての赤ん坊は、神がまだこの世に絶望していないというメッセージを携えて生まれてくる

 

さらに、もう一つ。

私がどハマりしている、藤井風君の“きらり”という歌詞の中にある言葉(←何かにつけて風くんを紹介する私(笑))。

これをいつも心に留めておきたいと思います。

 

何のために戦おうとも、動機は愛がいい

 

何か選択を迫られてとき、この動機を忘れたくないなあ、と思います。

 

www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

自分軸で生きるってすがすがしい

f:id:matushino:20210723000942j:plain

『ハッピーノート』(2012年)草野たき著 福音館書店

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

 Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

今日の一冊は、先日うちに遊びに来ていた小6の女の子が読んでいて、置き忘れていったコチラ!

 

『ハッピーノート』あらすじ

 

小学校でも塾でも、友だちを前に思うように自分を出せずにいる6年生の聡子。塾の帰りにいつも一緒に勉強する霧島くんにひそかな思いを寄せていますが、本当の気持ちは言えないままです。家ではイライラしてつい両親にあたってしまい……。そんな聡子ですが、もっと霧島くんと仲良くなろうとがんばるうちに、次第に周囲の人との関係も変わってきます。単行本発売以来、多くの年若い読者から圧倒的支持を得ている作品の、待望の文庫化です!(出版社HPより転載)

 

 

圧倒的支持……そうかー、こういうのが人気なのかあ。共感するところが多いのかと思うと、ちょっと複雑な気持ち。息苦しい子が多いんだな、って。

 

私自身は、終始モヤモヤ、イライラする気持ちを抱えながら読み終えました(笑)。

なんでしょう、この気持ち。日本の現代社会の物語を読むと、こう胸がきゅーっと狭まるような気持ちになるんです。人間関係の中だけで生きてるから、何とも言えず生きづらく。どっぷり人間関係の中にいるわりには、絆は薄い。でも、文句言っちゃいけない。恵まれた環境、家族だって仲が良いほう……なのに、なのに、どこか断絶しているように感じたり。

 

日本は特に学校しか子どもの世界がないから息苦しいとよく言われるけれど、本心隠して嫌われたくないから人に合わせたりするのは、海外でも同じなのだなあ、と先日読んだこちらで思いました。↓

jidobungaku.hatenablog.com

 

女子は特にグループを作りたがるから、めんどくさいですよね。これが習慣になって、社会人になっても会社でも人に合わせ、恋人に顔色伺う人が多いのか。あー、めんどくさい(笑)!

そして、個人的には、主人公の聡子のこと、どうも好きになれませんでした。お母さんに対する態度ひどすぎない?どこにも雇ってもらえないお母さんみたいにはなりたくない、とかって“あなた、ちょっとそこ座りなさい!”と説教したくなってくる(笑)。主婦が、どんな気持ちだと思ってるのよ。キム・ジヨン多いんだから。(キム・ジヨンとはこちら↓)

jidobungaku.hatenablog.com

 

やっぱりね、自分らしく生きられないと息が詰まるんだな。

本当に思ってることと、言ってることが違うと苦しくなってくるんだな。

 

草野たきさんの『ハーブガーデン』でも、やっぱり他人軸で生きてる子が描かれていて、私はイライラしてました(笑)。↓

matushino.wixsite.com

 

でもね、私が苦手だった主人公聡子ですら、自分軸で最後は生きようと踏み出した。

聡子でもできたから、自分もやってみようと思う子が増えたらいいな。もう、みな自分軸で生きましょ、うん、そうしましょ。そこに広がるのは、きっとすがすがしい世界。

 

 

理系が苦手な人ほど読んでほしい!

f:id:matushino:20210719205537j:plain

ダーウィンと出会った夏』(2011年)ジャクリーン・ケリー作 斎藤倫子訳 ほるぷ出版

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

 Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

急に夏が来た感じですね!夏は大の苦手です……。もう一つ、私が大の苦手なもの、それが理系に関するもの。

 

というわけで、今日の一冊はコチラ!

 

ダーウィンと出会った夏』あらすじ

舞台は1899年のアメリカ南部テキサス州。12歳のキャルパーニアは7人兄弟の真ん中で唯一の女の子。家は裕福で、不自由のない暮らしだけれど、外で動植物の観察が好きな彼女にとっては、女性らしく料理や裁縫などを強いられることがとっても苦痛。そんなキャルパーニアには孫たちから近寄りがたいと思われている変わり者の祖父がいて、あるときから祖父の“共同研究者”として認められるのですが……。

 

切り絵の装丁がとっても素敵。前々から気にはなっていたのですが、なかなか手に取れなかったのは、個人的に理系がとことん苦手だから(笑)。過去のトラウマなのか、いっこうに興味を持てないんですよねえ。

 

でも!!!

児童文学で、今までまっっったく興味のなかったモノに興味を持たせてもらった経験があるので、ここは児童文学を信じてみる。

『リンバロストの乙女』では蛾、『シャーロットの贈り物』では蜘蛛、『海辺の宝もの』では化石、『ベルさんとぼく』では数学や物理の魅力を知ったもの。

 

結果は……、ああ、面白い!この年齢になってから理系のものも面白いと思うようになるとは。いやはや、児童文学恐るべし。裏切らないなあ。

 

思い返せば、自分自身は、自然を眺めるのは好きだったけれど、子どもの頃ミクロの世界に惹かれた記憶はないんですよね。虫とか植物とか。朝顔の観察とかも、つまんなーい、と思ってた(笑)。

 

それが、どうです?キャルパーニアにかかると、まるで自分自身も興味を持って、観察ノートに書いている気分になるではないですか。もう、センス・オブ・ワンダー全開!そして、時代の転換期の面白さも抜群で、わあ、私すごい時代に生きてる(←いや、生きてません。読んでるだけです)って錯覚しちゃうくらいでした(笑)。

 

ダーウィンの進化論がまだ世の中に受け入れられてない時代です。図書館で、貸出すら拒否されるんです。キリスト教の観点から、NGなんですよね。車も初めて見るような時代。

 

この物語に出てくる祖父がねえ、いいんですよね。子ども好きじゃないので、孫には一切興味なし。名前も覚えていないくらい。それが、キャルパーニアの観察眼が本物だと見抜くや否や、子ども扱いせず、“共同研究者”として、対等に扱うんですね。まだ、この本は難しいとかも言わない。私が、一番いいなあと思ったのは、答えをすぐに言わないところ。自然界のさまざまなことに対して、キャルパーニアは質問がたくさんあるのですが、自分で答えを導き出せるよ、と言って教えてくれないのです。だから、キャルパーニアは考える。より観察する。何でも、すぐに“正解”らしきものを出そうとする、現代人の私たちは、この姿勢を見習いたい。

 

もう一つ、この本のテーマにジェンダーがあるようですが、でもねえ、これは今の時代も同じ気がする。確かに今の時代のほうが、当時と比べて女性の足かせはなくなったように見えるかもしれないけれど、これ女性も男性も関係なくて。役割を生きることを強いられる、自分らしくなかなかいられない、という点では現代でも同じ問題を抱えてるので、読んでいて共感できると思います。

 

ところで、キャルパーニアに女の子らしくあることを強いるのが、お母さんなのですが……。このお母さん、役割を生きることに多分何も疑問を覚えていなくて、でも、だからといってそれを楽しんでいるような感じもしなくて、そこが気になりました。女の子だから科学の道に進めず苦しんでいるキャルパーニアよりも、実は、このお母さんが一番幸せではないのかも……そんな気がして。だってね、このお母さん7人も子ども産んでるけれど、そんなに子どもに愛情を注いでる様子がないんだもの。子どもたちに役割を生きさせる、レールから外れないようにすることにばかり注意が向けられてる気がするんですよね。それが、習い事漬けにする現代の母親像にも通じてる気がして。自分は、子どもから、”らしさ”を奪っていないか、改めて考えさせられました。

 

ストーリーはとっても読みやすく、私のように理系ものが苦手だと思う人にこそ、読んでほしい一冊でした!新しい扉が開けちゃうかも!?続編もあるので、楽しみです。



憧れの夏休み絵本4選!

f:id:matushino:20210716172301j:plain

夏!スイカ!ダラダラしたい~(笑)

 

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

 Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

我が家の高校生長男、中学生次男は明日から夏休み。さあて、どう過ごすかな。

 

というわけで、今日はこんな夏休み過ごしたいなあ、という憧れの夏休み絵本4選です。

 

f:id:matushino:20210716172455j:plain

『ウェズレーの国』(1999年)ポール・フライシュマン作 千葉茂樹訳 あすなろ書房

まずは、男子からも大人気のコチラ!これは、もうねー、楽しいです!!!

とにかくスケールが大きいのがいい。だって、夏休みの自由研究に”自分だけの文明を作っちゃうんですよ?文字まで発明しちゃって。もうワクワク。

同じような髪型、同じような家、同じような好みのまさに同調の町の中で、仲間外れで、我が道を行くウェズレー。いいぞ、いいぞ!ワクワクだけでなく、スカっとするんです。もしかしたら、みな多少なりとも人と合わせることに疲れているのかも?

現実離れしている壮大なスケールが、とにかく爽快!!!

 

 

f:id:matushino:20210716173003j:plain

『だいちゃんとうみ』(1992年)太田大八作・絵 福音館書店

1920年代の風景だそうなのですが、涙が出るほどの郷愁感はなぜ?私そこまで年とってないのに(笑)。いや、これ日本人のに組み込まれた原風景なのかもしれません。

海の透明度に感動し、木の上からの景色も最高で、海辺のごはんも最高で。何よりもこの昭和初期の生活感がたまらなく懐かしい(経験してないのに)。

 

子どもたちにとっては、ちょっと地味な絵本だったようですが、ジワジワと好きになってくれました。木の上にやぐら立てたいなあ。

 

 

f:id:matushino:20210716173458j:plain

『さんねんごい』(1991年)菊池日出夫作・絵 福音館書店

これまた、懐かしい気持ちになる日本の里山風景が素晴らしい!長野の佐久だそうで、今度は猛烈に川遊びがしたくなる!うちの子たちも大好きなシリーズで、いいな、いいな、ここで遊びたい!!!と何度言われたことか。

 

いたずらっ子の男の子たちがとにかく楽しそう。暗くなるまで遊んで、ああ、いいなあ。習い事なんかない時代。子どもが子どもでいられた時代。こんな夏を過ごしたい。

 

 

f:id:matushino:20210716173851j:plain

『みどりの船』クェンティン・ブレイク作・絵 千葉茂樹訳 あかね書房

夏休み。おばの家で退屈した姉弟は、隣のお屋敷の庭にこっそり忍び込みます。そこから始まる、最高のごっこ遊び!こちらは、ワクワクだけでなく、最後にちょっぴり切なさも残る物語。ちょっと泣きたくもなる。ああ、これは大人に響くなあ。夏の終わりも感じさせて、私はこれが一番好き。

 

想像力って無限だし、大人になっても忘れたくないな、って思わせてくれる一冊。

 

楽しい夏休みをお過ごしください♪

夏だ!キャンプだ!

f:id:matushino:20210712163726j:plain

『キャンプでおおあわて』(2008年)ジェニファー・リチャード・ジェイコブソン作 武富博子訳 講談社

 

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

 Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

なんだか変な天気が続いていますが、蒸し暑くなってきて、夏ですね!

夏といえば?キャンプー!!!

 

というわけで、今日の一冊は、小学校中学年から読めるこちら!

 

主人公は小学3年生のウィニー。母親を亡くし、父と二人暮らし。

そんなウィニーはヴァネッサとゾーイと仲良し3人組なのですが、サマーキャンプでは二人とバラバラの班に。

新しく知り合いになったロキシーという牧場に住んでいる女の子と仲良くなったのですが、ふと口をついて出てしまったウソがきっかけでどんどん苦しくなり……。

 

 という内容。ウソって、どんなに小さなものでも、つじつまを合わせようとすると、そこからどんどんウソを重ねていかなくてはならなくなって、苦しくなるんですよね。

それが、よく描かれてる。

 

でもねー、これってウソというのかな。

ウィニーはお母さんが亡くなっていないのですが、絵をほめられ、どうしてそんなに上手に描けるの?
と聞かれて、こんな風に会話が展開していくのです。↓

 

「ママに習ったの。」

「すごーい!お母さん、画家なの?」

とネルがききます。

「有名なの?」

と、ノラもききます。

「まあね。」(P.40)

  

願望がつい口に出てしまう。特に子どもって、現実と願望があいまいだったりするから、こういうことってありますよね……。こうだったらいいなあ、と思うことをつい口にしてしまって、そのうち自分でもそんな気分になってきたり。

 

この物語のテーマは、どんな小さなウソでもついたらどうなるのか、ということを考えてもらうことなのかもしれませんが、それ以上にキャンプの場面がワクワクして楽しかいので、そこがおススメです!(だから、説教臭くない)

 

最近は日本でも増えてきましたが、海外って夏になると、親から離れて子どもたちが集まるサマーキャンプに子どもたちが放り込まれる(おっと失礼)ケースが多いんですよね。大人のリーダーたちがしっかりしていると楽しい子どもキャンプ。そうでないと、いじめや色々な問題も起こったりするわけですが、この物語のリーダーたちはいい人ばかりなので、安心して読めます。

 

岩登りや好きな工作や絵がかけるアートの小屋があったり。個人的になんと言ってもときめいたのは、“ぷかぷかランチ”でした!(←やっぱり、食べ物関連笑)

洗面器の中にランチを入れて、ライフジャケットをつけて、湖にぷかぷかあおむけになって浮かびながら食べるランチ。ああ、楽しそう!

 

ただ……、ここだけの話ですが、女の子の仲良しグループは、ああ、めんどくさいよねと思い出しながら読みました(笑)。仲良しグループがあると、新しい友だちと出かけたくても、なんとなく後ろめたい。なんて不自由なんだろう。私自身は中高6年間女子校で、こういうグループに不自由さを感じてたので、仲良しっていいかもしれないけれど、“縛り”でもあるよなあ、なんて思っちゃいました。どこかに所属する、って安心感と引き換えに不自由な気がする、私は。

 

最後は、ハッピーエンド!

安心して読める一冊です。

 

 

 

本を手渡すときに大事なたった一つのこと

f:id:matushino:20210709203410j:plain

本を手渡すことも、愛なんだな、愛

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

 Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

先日、とある私的なグループチャット内での会話が気づき満載だったので、こちらでもシェア。

 

そのグループは、公共図書館司書、小学校学校司書、大学図書館勤め、書店員などからなるグループで、発端は“中高生に物語の楽しさを思い出してもらうような斬新なブックトークを考えたいのだけれど、ご意見聞きたい”……という問いかけから始まって。

 

そこから、物語って、身の回りにゴロゴロしてて、感じる力だよね、という話になり。押し付けるんじゃなくて、気付かせることが大事なんじゃという話になったのですが、ココから!!!ココから、小学校で日々子どもたちと直接触れ合っているTさんが、言った言葉に私感動してしまったので、紹介させてください!!!(ご本人に転載許可取ってます)

 

以下引用部分はTさんの発言↓↓↓

 

気付かせるというか、、 あなたたちが胸に抱えていることは、この本の中にありますよ。という手渡し方がいいと思うんだ。 わたし、読書活動(学校でおはなしや本の紹介する)5年なんだけど、、 {こちらは知ってる。あなた、知らないよね?〕って渡し方だと、子どもは、「へーーー(すごいねー)(そーなんだぁ)」くらいなんだよね。 それでも、本好きな子は手伸ばすけど、、 最初は、古典のいい本を、「いい本でしょー、知らなかったでしょう?是非読んでみて」みたいに出してたの。 でもね、“いい本”より、自分の心に響く何か“本”が、欲しいんだと思う。 どの子にも物語は流れてる。本読まない子も、物語の中に生きてるから。

 

いい本でしょー、……私もやりがち(猛省)。そして、大事な一文が……

“本読まない子も、物語の中に生きている”

これこれ!!!うちの子はね、読まないんです。時々、正統派読書(?)の人と話してると、うちの子が何だかダメな子のような気がしてしまって落ち込むのですが、でも、読まなくっても物語いっぱい持ってるんだけどなあ、って感じてたから。なんか、すっごく嬉しくなった。個人的には、読まなくてもうちの子たち素晴らしいと思ってたけど(←親バカ)、でも時々寂しい気持ちにもなってたから。読まない子が、まるでまだ目覚めてない子、みたいな扱いされることに。正しい読書なんてないし、何なら読まなくてもいい。

 

視点を本より、目の前の子どもにしたら、、 同じ古典出しても、届け方は変わって、いい意味でよく読んでくれるようになった。

 

わたしみたいな立場、読書活動指導協力者and学校司書だと、、 パッと手が伸びて、どんどん動くものを渡さないと、全く興味持ってくれないかもと、古典勧められない人がいるんだよね。 どこか、たくさん借りてもらえないと良くないみたいなシバリをかけちゃうんだろうね。 でも、古典って、長生きしてるだけで、死んでないじゃん? それだけ長生きって、普遍的だからだから、今の子でも読むんだよね。 ケストナーとか、饒舌でジャマウザってとこあるけど、それは、先にもう言っちゃって。でも、やっぱり面白いんだよ。つて伝えとくと、勝手に面倒くさいとこ、ふんわりすっ飛ばして読むよね。

 

生き物の写真絵本とかしか借りてかない子とかいるじゃん? でもその子と話したりすると、すごぉーく物語があるのよね。 でさ、『クワガタクワジ』とか進めると、大喜びして、読んだりするのよね

 

ミッケとかの子も、あの見開き一ページに長いお話作ってる子もいるし

本って読まなきゃいけないものじゃない。手助けにもなります、くらいだと思う。

一人の世界でありながら、世界とつながれるものだからね。

 

そうなんです!!!

本じゃなくたっていい。スポーツでも芸術でも、アニメだって、なんならゲームだっていいかもしれない。

 

そして、私たち大人は、自分の得意分野の中で、その子に響くものを差し出せたらいいんだと思う。それは、料理かもしれないし、歌かもしれない。私の場合は、たまたまそれが本だっただけ。手渡すとき、Tさんの言葉を心にとめておきたい。

 

本を手渡すときに大事なたった一つのこと、それは、視点を本よりも目の前の子にすること

 

なんだ、そんな当たり前のことか。そりゃ、そうだ、と思いました?でも、これって意外とできてないことだと思うんです。全く悪気なくても、その本の良さを伝えたい思いがあふれるあまり(笑)に押し付けがち。この本の良さを知ってぇー、って。

 

みなさん、それぞれにとっても素敵な意見だったのですが、特に感動したTさんの意見を紹介させてもらいました。Tさんありがとう!