Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

退屈な日々に奇想天外な物語を

『ペッパー・ルーと死の天使』(2012年)ジェラルディン・マコックラン作 金原瑞人訳 佐竹美保絵 偕成社

今日の一冊はコチラ!
そんなに重たくなくて、さらっと楽しいお話、奇想天外なお話が読みたいときに差し出したい一冊。佐竹美保さんによる挿絵もいい!

結構ハチャメチャでドタバタです笑。なので読んでいて疲れる人もいるかもしれません。ですが、これぞ本でしか、物語でしかできない表現よね!って思うようなストーリーで、私は面白かったです。

主人公のペッパーが14歳までに死ぬ運命だと告げられ、死の天使から逃げようとする冒険物語。とっても非現実的なのがいい。

この主人公、ある意味なかなかに賢いと思うんですよ。例えば、新聞社にもぐりこんで、そこで職を得たいと思ったら、質問に質問で切り返す記者の話し方をちょっとずつつかみ、自分も実践するんです。

 

”いまはだれのところで仕事している?”
”あなたのところでしょう?”

といった具合に仕事ゲット。

でも、根が優しくて素直で多分性善説で生きてるからか、意地悪なおばさんから言われた呪いを信じてしまうんです(賢さはどこへ?)。で、逃げ続ける羽目になる。

追ってくる死の天使から逃げまくているので、場所も次次と変わり、展開はめまぐるしいです。退屈してる方、ぜひ読んでみてくださいね。

ああ、いいなあと思ったのは、新聞社で、うその記事を創作しちゃうエピソード。

 

小さなゆらめく火をともすように、ペッパーはひとつひとつの記事で火をともして、『南の星新聞』の読者の日々を明るくしたかった。けっきょくのところ、世界はみんながおそれているほどひどい場所でも、心ぼそい場所でも、怒りにみちた場所でも、生きづらい場所でも、おっかない場所でもないと思ってほしかった。だれもが世界をこわがっている。(P.117)

 

そして、ペッパーの書くうそ記事で売上があがる南の星新聞なのでした。

みんなの幸せを願うペッパー、そしてそのために考える発想がなんともいえず子どもらしくて、ああこういう感覚忘れてたなあ、ってはっとさせられます。

 

あるときペッパーはすごく怖い目にあり、怖がることが男らしくないと恥ずかしそうにうつむくんですね。そのとき、いや、それでいい、と言われた場面も印象的でした。

 

世間で起こるこまったことの大半は、男が男らしくしようとして起こるものです。

ときどきは女性的にもなってみるべきですよ。そうすれば、世の中もすこしはおだやかになるでしょう(P.370)

 

まさにそう!

 

思い込みから解放されて、自分の人生を生き始めるラストもよかったです。
疲れてるとき、案外こんな物語に救われたりするのかもしれません。

故人との間にわだかまりがある人に

『青空のむこう』(2002年)アレックス・シアラー作 金原瑞人訳 求龍堂


今日の一冊は、死後の世界に不安がある人や、故人との間にわだかまりがある方におススメしたい物語。

アレックス・シアラーの描く物語は、スピード感もあって、本が苦手な現代っ子でもすんなり世界観に入っていけそう!

大切な人のはずなのに、それが最後になるなんて思いもせずに喧嘩別れしてしまったという人、少なくないのではないでしょうか。私と母もそうだったし、まわりでも聞きます。あんなこと言わなきゃよかったという後悔......あやまりたいけど、でも、相手はもういない。

この物語の姉弟もそう。
たかがペンの貸し借りが原因でひどい口論の末、売り言葉に買い言葉で、あんたなんかいなくなればせいせいする、二度と顔見せないで!って姉のエギーは言ってしまうんです。

そしたら、そのあと弟のハリーが交通事故にあって本当に亡くなってしまうという。

もう、やめて......子どもが亡くなるのは耐えられない。

とはいえ、決して暗い物語ではないです。ユーモアもあるし、明るささえ感じさせる。

この物語がユニークなのは、主人公がその亡くなったハリーで、亡くなった人(幽霊)の視点で描かれているところなんです。幽霊といっても、全然おどろおどろしいところはなく、すーっと自然に、ああ、死後の世界ってこうなってるんだ、と受け入れられる。

私は個人的にスピ系があまり好きではないのですが、まわりにスピ系の人が多かったり、いろいろあって、死後に関するスピ系の本も読んできました。この物語で描かれている死後の世界はスピ系の人が読んだら、うんうん、こんな感じよね、って納得してくれそう笑。

さて、中でも印象的だったのは、ハリーが死後自分が通っていた学校を訪ねる場面です。ハリーは子どもらしく、どれだけみんなが悲しがって、自分のことを誇りに思ってくれているかが見れると思ってワクワクしてるんですね。ところが、現実は残酷で、みんなの日常は普通に続いている......。ああ切ない、でもそれが現実。

自分の場所だったところは、さっそくもう転校生が使っていたり、親友がハリーの天敵と仲良くしてたり。あれ?数年後に戻ってきちゃった?って思うくらい、みんな切り替え早すぎ。(いや、いつまでも引きずってたら日々過ごせないですもんね)

すっかり失望してしまったハリーですが、やっと教室の後ろの壁に探していたものを見つけます。それが、みんなからの追悼メッセージ。天敵ジェリーの作文がもうね、正直で誠実で泣きました。死んだからといって、ハリーを美化してないところも、とってもよくて。ハリーはジェリーが先にはじめた意地悪だと思っていたけれど、ジェリーからするとハリーが先にはじめたこと。お互い誤解してたこと。俯瞰してみると、ものごとは思い込んでいたのとは様子が違っていたりするよ、ってことも、この物語は教えてくれます。

 

姉のエギーとのわだかまりが解ける場面ももちろん泣きました。

ちょっと死を不安に思ってる人がいたら、ぜひ差し出したい一冊です。

死がこわくなくなります。
死んだら、またあらゆるものの一部、生命の一部になれる、そんなことを教えてくれる物語でした。

やれるだけやって、天にお任せ

『夜のパパ』『夜のパパとユリアのひみつ』マリア・グリーペ作 大久保貞子訳 復刊ドットコム


マリア・グリーぺの『忘れ川をこえた子どもたち』や『鳴り響く鐘の時代に』といった、ちょっと幻想的なファンタジーが好きだったので、手に取りました。一度絶版になったものが、根強いファンによって復刊ドットコムにて復刊。

『夜のパパ』は、ファンタジーではなく現実的なお話。
といっても、夜という時間帯やペットのフクロウであるスムッゲルの存在がなんだか神秘的で、静かで秘密の時間という感じがして詩的です。

お話は、主人公のユリアのママが看護師で、夜勤のときに娘を一人で家に置いておきたくなくて、シッターとしてペーテルを雇うところから始まります。

小学生の娘と見ず知らずの独身男性を雇って、夜二人っきりにさせる!?!?
ちょっと今の時代じゃ考えられない......いい時代だったんだろうなあ。
反発していたユリアが徐々にペーテルに心を開いていくさまがいい。

 

続編『夜のパパとユリアのひみつ』では、ユリアが思春期に入り、より現実的に。

続編のほうが、ハラハラな展開含め一気読みではあったのですが、心に不思議な余韻を残すのは『夜のパパ』の方かも。両方おススメです!

 

印象に残ったところはいっぱいあったのですが、続編のラストが爽快すぎて忘れられない。ネタバレは読みたくない、という方はこの先は読まないでくださいね。

 

さて、思春期真っただ中で、日々心のゆらぎがあるユリアに、ある日大きな事件が持ち上がります。なんと、ユリアたちが住んでいる家が再開発によりタウンハウスになるというのです。

それをなんとか止められないかと奔走する夜のパパ、ペーテル。
でも、巨大な権力を前に一般市民は無力ですよね......。

 

思うようにいかなくて、ユリアとペーテルもケンカしたりもしましたが、二人はとある作戦を思いつくんです。これがねえ、もう感動もの。以下ネタバレ含みます。

最初は自分の家が取られてしまう!という感覚だったユリア。
でも、よくよく考えたら母子二人にこの家は大きすぎる。次第に自分たちが住み続けたいから、どんな形でもいいからこの美しい建物を残したい、に変わっていったんですね。

彼らの抵抗の仕方は、それはそれは本当の意味で賢くて、美しいやり方でした。
考えさせられます。

取り壊しのブルドーザーがやってくる日。なんとユリアたちは町中の人を招いてパーティーを開いたのです!この場所がいかに楽しくて美しいかをみんなに知ってもらうために。

ブルドーザーにトマトや卵を投げつけるのではなく、代わりにお祝いの音楽ときらきら光るシャボン玉でお迎え。ブルドーザーの運転手を”敵”ではなく、”良心を持った仲間”として迎えるんです。これ、なかなかできないこと。責めるほうが簡単だし、責めてるときって、どこかでその行為を正当化していいような意地悪い気持ちよさがありますもんね。

さらに感動したのは、運転手を信用して余計な口出しはしない、と事前に決めてあったこと。判断は、運転手に任せる。これもなかなかできないですよねえ。

種まきはする、でも芽を出すかどうかは相手次第。信頼して任せる。
信頼するって、実はかなりの勇気がいるんじゃないかな、って思うのです。

自分たちの価値観が正しい、自分たちが絶対!と思ってしまうと、なかなかこういう判断ってできない。そして、ユリアとペーテルは意外にもパーティーが一番盛り上がっているときに、こっそり抜け出すんです。

 

とにかくこの先どうなろうと、この地域のみんながとりこわしをどう考えているのか、それを役所に見せてやったわけだし、それでもこわすというのなら、むこうだって気がとがめるだろうよ。(P.221)

 

やれるだけやった。あとは、天にお任せ。

ラストには自然界から素晴らしい贈り物が。

読者である私たちも一緒にその景色を見せてもらえて幸せな気持ちになります。


たとえ願ったとおりにはならなくても、幸せになるってこういうこと、ということを教えてくれる素敵な物語でした。

先が見えない中にも、とびきりの楽しさを

『オンボロやしきの人形たち』(2021年)フランシス・ホジソン・バーネット作 
尾崎愛子訳 平澤朋子絵 徳間書店

お久しぶりのブログです!

今日の一冊は読み聞かせにもいいし、低学年から一人で読めるコチラ。

字も大きくて、老眼にも優しいです笑。大人にもおすすめしたい理由は、文字の大きさだけではありません。先が見えない今の時代に、まさに必要な物語だったからなんです。

実は、個人的に低学年向けの物語にはあまり惹かれなくて、これもさほど期待せずに読んだんですね。今回手に取った理由は、作者が『秘密の花園』や『小公女』の作者でもあるバーネットだったから。

 

いやはや、びっくり。なんて楽しいの。

ああ、いいなあって、気づくとにっこりしてしまうんです。
なんて幸せに満ちていることか。

底抜けの明るさ!安心!軽やかさよ。
と思ってあとがきを見たら、訳者の尾崎さんもあまりの楽しさに、読んでいるあいだじゅう口角があがりっぱなしだったとか。ですよね、ですよね!

 

ただね、この物語、幼年童話にありがちな”安心・安全”の安心はあっても、安全はないんです。タイトルにもあるオンボロやしきに住む人形たちは、捨てられてしまう危機にあるんですね。まさに先が見えない暮らしをしているんです。

なのに、状況とは裏腹に悲壮感はゼロ!

新しく来たピカピカ城と住人の貴族の人形たちが原因で、オンボロやしきは隅に追いやられてしまいます。でも、昔はよかったとか過去にすがらないんです。現在の状況を嘆くでもなく、笑い飛ばす。それがね、負け惜しみからそうするのではなく、心の底から楽しんでいるんです。他責思考が皆無。その楽しさが、読者にも伝染してくるんですよね。

 

とにかく気立てがいい。

ピカピカ城を眺めながら、自分たちも貴族になったつもりの”ごっこ遊び”を楽しんだり、自己肯定感が高くて気持ちがいい。

 

例えば、こんなこともありました。オンボロやしきの人形たちはもともと立派な名前があったのに、変な名前に変えられてしまったんです。これ、ある意味事件で、怒ってもいいところです。名前ってアイデンティティだから。ですが、彼らはきゃあきゃあ笑いすぎて、しまいにはその新しい名前までもが大好きになってしまうという始末。

 

ピカピカ城の貴族たちは、そんなオンボロやしきの住人たちをあきらかに見下していたのに、貴族たちがしょうこう熱で大変な目にあえば、オンボロやしきの人たちは、必死で介抱する。そして、貴族たちが改心してあやまってきたら、「そうこなくっちゃ!」と明るく返すんです。

 

いやあ、感心してしまいました。

ちょうど読んだ時期、私のスマホはついに壊れ、PCも買い替え状態、冷蔵庫&オーブン不調と何もかもがいっぺんにきて、勘弁してよお、状態だったんですね。そんなとき、オンボロやしきの人たちだったら!?とふと思ったんです。彼らなら、この状況をどう楽しむんだろう、って。そう考えるだけで、心持ちが変わるから不思議。

私の個人的な状況だけでなく、いま世界は不穏な空気に包まれていて。

戦争、分断、排外主義、そして立て続けに起こる自然災害。

地球や人々は悲鳴をあげていて、先が見えず、暗い気分になりがち。

そんなとき、この物語に救われたんです。希望や力がわいてきたんです。

ただ能天気な物語かと思われるかもしれませんが、あとがきによると、バーネットの結婚生活は苦難続きだったとか。だから、決してつらい状況を知らない人が書いた物語じゃないんですね。

 

「どん底の状況だって、心さえ明るく保っていれば、きっといいことが起こる」

 

そんな信念がこの物語の根底には流れている、と訳者の尾崎さんはおっしゃいます。

 

笑う門には福(妖精)来たる。
とびっきり楽しく暮らしていきたいな、って思わせてくれた素敵な物語でした。

ぜひ。

 

知らなかった『星の王子さま』の世界

サン⁼テグジュペリ著 内藤濯訳 岩波書店

なかなかブログが書けない日々ですが、元気です。

書いては途中でやめ、そのまま眠っている記事がいくつも……。

週1更新がなかなかできない今日この頃ですが、マイペースに続けていきまーす。

 

さて、今日はあの誰もが知る『星の王子さま』のことについて。

先日、フランス語のテキストも書かれている浅見子緒先生をお招きして、

“フランス語で楽しむ『星の王子さま』の夕べ”

なるものを開催してみました。

これが、人気でキャンセル待ちや次回お問合せも来るほど。

 

はたして、フランス語が人気なのか、『星の王子さま』に惹かれるのか。

どうやら後者の方が多かったようで、フランス語未経験という方のご参加が7割でした!

 

フランス語の魅力についても語りたいところですが、今日は解説本について。

まあ、なんてなんて奥深いんでしょう!すっかり魅了されてしまいました。

 

『星の王子さま』って、第二次大戦後の累計で、全世界のベストセラー・ランキングでなんと第3位なんですって!人気なのは承知でしたが、まさかそこまでとは。

ちなみに1位は聖書、第2位はマルクスの『資本論』だそう。

 

ところで、『星の王子さま』ってみなさんいつ頃読まれましたか?

今回、『星の王子さま』が好きで参加された方のほとんどは大人になってから出会ったという方でした。

そうなんです、これ大人にこそ響くんですよね。

そして、実は児童文学ではない。

 

私自身は、小学校2,3年の頃に読んだので、絵は好きで印象に残ってはいるけれど、実は、お話的には別にそんなに面白いと思えなかったんですよね。だって、童心を失っていない子どもだったから。これ、童心を失った大人にこそ響く物語だったから。

 

さて、『星の王子さま』は日本では版権が切れた2006年前後に十数社から新訳が出版されました。そこから、1953年に最初に出版された内藤濯訳への疑問や批判が噴出してしまったんですね。

 

フランス語ができる人からすると、内藤訳ではイメージが原文とちょっと違ってきてしまう、と。ちょっと『赤毛のアン』の村岡花子訳への批判を思い出しました。

 

いろんな周辺本を読むと、なぜ原文で読むのが大切なのかがよーく分かりました!

とはいえ、文体とナレーションの技法だとか複合過去がうんたらかんたらとか、全然理解できなかったんですけどね笑。原文が大事ということだけは分かりました。

 

物語の構造や原文の文法的なところから読み解きたいという方には、こちらの2冊がオススメです。

『「星の王子さま」物語』(2022年)稲垣直樹著 平凡社新書

 

『「星の王子さま」隠された物語』(2014年)鳥取絹子著 ベストセラーズ

で、『「星の王子さま」隠された物語』のほうに書かれていて、私的におおおおっ!となったのがですね、最初の内藤氏訳の編集者があの石井桃子さんだった、ってことなんです。

 

誰が編集者かとか、昔は全然興味なかったので、いままで知りませんでした。

なるほど!石井桃子さんだったのかあ。そして、日本語訳だけに“星の”がついている。直訳なら“小さな王子さま”ですから、星がついているかいないかでは、印象が大違い。これも、石井桃子さんの案だったとか。

 

2006年以降、原文に忠実と言われる新訳がたくさん出たけれど、ブームが去って、結局売れ続けているのは圧倒的に内藤訳なんだそうです。あの独特の文のリズム、実は口述筆記だったからというのもあるそう。耳にどう聞こえるかを大事にした石井桃子さんの影響もあるんだと思います。

 

ところで、今回いわゆる解説本、周辺本を何冊か読んだのですが、中には謎解きトリックに走りすぎて、本質を見失っているものも見受けられました。そんな中。一番胸に響いたのはこちらでした↓

『星の王子さまの気づき』周保松著 西村英希・渡部恒介訳 三和書籍

他の解説本に書かれていた、文法的な解釈や、作者自身の背景ももちろん興味深かったのです。が、こちらの本では、純粋に物語から得た“問い”を哲学的に探究しているんです。そこが、ぐっときました。

 

『星の王子さま』って、物語というよりは詩に近いような面もあると思うんです。

“問い”は投げかけるけれど、答えは書かない。だから、みなさん繰り返し読むのかも。

 

これは前述の別の解説本のほうに書かれていたのですが、『星の王子さま』って時系列がバラバラで直線的時間を否定した構成になっているんですね。

そして、登場人物が常に一対一で会話する形になっている。

 

あ、そうか。一対一だからこそ哲学的な対話になるのかもしれません。

 

作者の周保松氏は、『星の王子さま』は重厚な存在主義の色合いを帯びた哲学的寓話だ、と語ります。存在主義って、正解探しより、自分の選択を引受けて生きる、ということ。

 

そして、現代に生きる自分に当てはめて考え、深堀りし、生きづらい今の世界に希望を見出しているんです。悩み多き若者たちにも、ぜひ読んでもらいたい!

哲学的な問いを探求していますが、平易な文章で書かれているので、すーっと入ってきます。

 

実は、世間で騒がれているほどには響かなかった私ですが(読んだのがきっと早すぎた)、今回解説本や周辺本を読むことで、忘れられない一冊となりました。

大人ならではの楽しみ方ですね。

 

いままでも心の片隅に王子さまは住んではいたけれど、今回の開催を通して、より色濃く、いまではすっかり王子さまと友だちになれた気がしています。

表紙で敬遠しないで

『ブリジンガメンの魔法の宝石』(1969年)アラン・ガーナ―作 芦川長三郎訳 評論社

今日の一冊はコチラ。
ブリンジガメンだかブジリンガンメだか、とにかくカタカナに馴染みのない感じが、いかにも海外翻訳文学って感じがします(ん?私がカタカナに弱いだけ笑?)。

 

いいなあ、と思う児童書専門店には置いてある本だったので、前々から気にはなっていました。ただ、見て下さい、この不穏な表紙。暗い。うん、なかなか手に取りづらい。

 

しかーし、この絵はあの寺島龍一氏によるもの。

1960年代、70年代のさまざまな名作児童文学の表紙絵を手がけてる方で、表紙絵が寺島龍一さんなら内容も間違いない!と読み始めました。

 

物語は、コリンとスーザンの兄妹が田舎に住む元乳母のもとに預けられるところから始まります。王道の児童文学あるあるで、ワクワク。

 

スーザンが持っていた水晶が原因で、子どもたちが魔法使いや小人、暗黒の王が戦う世界へと巻き込まれていくのですが、これが結構大変!

ドキドキハラハラで、一気にファンタジーの世界へ連れて行ってくれます。

さて、読み終えたときの最初の感想

……これ、いまの子たちに受け入れられるんだろうか?

イギリスにはこういう伝説の下地がたくさんあって、すんなり受け入れやすいと思うのですが、日本の子供たちはどうなんでしょう?世界観に入りにくい?いや、逆に色んなゲームの世界に触れてる子は入りやすいのかなあ?

 

でも、分かりやすい、共感しやすい、だけがいい読書体験じゃないですよね。

思い出したんです。

幼き日の私は、見慣れないカタカナに本を通じて触れるだけでも、異国情緒を感じてワクワクしてたなあ、って。

 

そして、トロール、小人など人間以外の世界に触れる大切さよ。

それらは人間を驚かすありがたくない存在ではあるけれど、やっぱりこういうものが消えた無機質な現代の方が息苦しい気がして。たとえありがたくない存在だとしても、ファンタジー界の存在たちがいるほうが、有機的。

 

それにしても、印象的だったのは、地底の狭い穴道をはいつくばって進んでいく場面。

もうそれはそれは壮絶なんです!狭くて息苦しい。そんなに長々とその場面描く!?というのも驚きでした。

 

著者のガーナーといい、ウィリアム・メインといい、この頃のイギリスの作家たちの描く綿密さには驚かされます。

砂の描写にこんなにもページを割く?と驚いたのがコチラ↓

jidobungaku.hatenablog.com

いまだったら、それこそ早送りされちゃうような場面をていねいにていねいに描写していく。だからこそ、きっと追体験できて、記憶に残るのかも。それこそ息苦しさまで。

 

ラストは意外なほどあっけないというか、あっさりしてて、それもなんだか潔くてよかった。読んでる最中は、正直そんなに好みの物語ではないかも、と思っていたのに、読み終えたあともなんだかずっと余韻があるんですよね。

 

ああ、たまにこういうファンタジーに触れるのは大事だなあ。

人間以外の世界に触れることで”整う”気がします。

人間関係ばかりで疲れてるときにぜひ。



 

 

壮大な生命のつらなりを感じる

『神の蝶、舞う果て』(2026年)上橋菜穂子著 講談社

ブログ復活しまーすと、書いておきながらPC不調で書けてませんでした。

さてさて、今日の一冊は、『おいしい物語』テーマで昨日行った読書女子会でも話題にのぼった上橋菜穂子さん。上橋さんの書く物語は全部好き。だって、毎度毎度食べ物がおいしそうなのが、たまらないんです笑。

 

今日ご紹介するこちらは、書かれた時期としては、初期の代表作『守り人』シリーズの時期なので、新作というか20年以上書籍化されず、眠っていたものに加筆修正したもの。雑誌に掲載されていたものだそうです。

それもあってか、他の上橋さんのも物語よりも荒削りだと受け取る人が多いようですが、個人的には子どもたちに手渡していきやすそう、って思いました。
そして、そして、ああ、やっぱり上橋菜穂子さんの紡ぐ物語、世界観、好きだなあ。

 

上橋さんご自身が文化人類学者だからなのかな?
人間だけがすべてじゃない、って思わせてくれるんですよね。

人間関係におさまらないところがいい。
人間も大きな流れの中のちっぽけな一部って感じさせてくれるんです。
だけど、空想物語かといわれたら、けっしてそうではなく、架空の国のファンタジーだけれど、すごくリアリティもある。そして、不思議と読み終えるとなんだか息がしやすくなってるんだなあ。

 

そんな上橋さんはその世界観を構築するのに、架空の役職名や地名などを名付けるのも得意。

今回の主人公たちは、カタゼリム(降魔士)と呼ばれる仕事(聖職)をしています。
その役目は、聖域〈闇の大井戸〉に宿っているとされる魔物から、聖なる蝶を守ること。この聖なる蝶は、この土地に恵みをもたらしてくれているラムラーと呼ばれる植物に受粉し、果実を実らせてくれる重要な役割を持っているんですね。

ところが、この蝶を捕食する“蝶の影”も出てくる。その“影の蝶”をやっつけるのがカタゼリム。そして、このカタゼリムは男女ペアになって行うのですが、あるときカタゼリムの少年ジェードの相棒である少女ルクランが予兆の鬼火と呼ばれるものに過敏に反応することが分かり……。

実は、ルクランが鍵を握っているのですが、いやあ、面白い。

聖職といえどもしょせん人間の集まり。
色んなプライドや思惑も交差し、真実が隠されたり、曲げられたり。
保守的になっていく......。
大人が読むと、実にこの辺も面白いですよ。

 

陰と陽、生と死。
生命のつらなり。その美しさ。
目の前に広がる壮大な光景に圧倒されます。

 

ああ、この景色が見れてよかった。

 

私たちには、いまこういうファンタジーが足りてないのかもしれません。

 

子どもたちにはもちろん、日々色んな感覚や感受性が鈍くなっていってる大人にも。
ぜひ。