Pocket Garden ~今日の一冊~

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物語を通じて祈る

『ラナと竜の方舟』(2024年)新藤悦子著 佐竹美保絵 理論社

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大好きな新藤悦子さんの新刊が出ました!

毎回、異国情緒あふれる世界へ連れて行ってくれるので、今度はどんなところへ連れて行ってくれるのだろうとワクワク。

 

対象は小学校高学年~となっているけれど、中学年から読めそう。読み聞かせてあげるのもいいかも。

 

さて、今回の舞台は、この世界に重なっている竜の世界。その町は蜃気楼で、不思議な方舟の町なんです。砂漠の中のオアシス。誰もが自由でいられ、美味しいものもある世界。竜が運んでくるのは、竜のキャラバンと、世界各地で故郷を追われ、助けが必要な子どもたち。過去の話ではない、いまでも故郷を追われている子どもたち……戦火にさらされている子どもたち……

 

そう聞くと暗くて悲しい物語をイメージするかもしれませんが、新藤悦子さんの物語は、いつも安心して差し出せるんです。なぜって?困難な状況を描いても、どこか明るさや希望があるから。今回の物語も、食べ物はたまらなく美味しそうだし(←大事)、手仕事や工房の風景はワクワクさせてくれます!

 

元々はノンフィクションの出身で、トルコをはじめ、イランや中央アジアに造詣の深い著者だからこそ描ける世界。

 

ちょっとした会話の中に、ハッとさせられる現実を見せられます。

 

例えば、読み書きができない、とか紙は貴重品だから気軽に手紙も書けない、帰りたいおばあちゃんの村がまだあるかワカラナイ、など。読み手は既に、登場人物たちと友だちになったような気持ちでいるので、それらが他人事ではなく、ぐっと心に迫ってくるんです。

 

個人的に好きだなあ、と思ったのは、この方舟の町が娯楽の町ではなく、安らげる町だったこと。現実から逃げたい!と思ったら、ただただ楽しく遊んでいられる遊園地のようなユートピアが描かれることもあると思うんですよね。そういう楽しさは、いっときなら最高!なのだけれど、永遠に続くと思うと、どこか空しくて......。

 

一方、この方舟の町も、食べ物に苦労することはなく、いわゆる雇い主から追われる労働はない。でも、労働自体はあって。その労働があるからこそ、救われるんです。焼き物工房あり、縫い物織物あり。

 

焼き物工房では、ラナはこんな風に声をかけられます。

 

「むりにつくらなくたっていい。形にしなくても、土をさわるだけでも気持ちがいいぞ」(P.83)

 

土をこめてるだけでも、もやもやしていたものが吸い取られていく。無心になれる。

 

また、縫い物工房では、模様や絵の一つ一つに意味がこめられていて、こんな風に語られます。

 

「縫い物のいいところはそこさ。いいたいことを代わりにしゃべってくれる。ウェイウェイも縫い物をするうちに元気になっただろう。口に出していえないことも、布にしゃべらせて発散できたのさ。それで心が整っていったんだよ」(P.90)

 

大人の私たちはついつい“働きたくないなあ” “働かないで暮らせたらどんなにいいだろう”なんて思うこともあるけれど、そんなネガティブなイメージとは違う労働。経済活動とは結び付いていない、資本主義に追われていない本来の労働って、喜びであり、心を整えてくれるもの。豊かさそのものなんだなあ、としみじみ思いました。自分を自由にしてくれるもの。

 

こんな町が、もしかしたらどこかに存在するかもしれない。そう思うだけで、ちょっと救われます。この物語は、困難な状況にある国の人々への祈り。登場人物、一人ひとりの幸せを祈りながら、本を閉じました。

 

ところで!
今回の物語がどのように生まれたかが聞ける、トークイベントがあるそうですよ!

新藤悦子さんのトークイベントはいつもとても興味深くて。新藤さんが描く物語が生まれるときは、いつも、きっかけになる“モノ”たちが存在している。その“モノ”たちの語る物語に、耳をすませて、耳をすませて……物語が立ち上がってくるんですね。今回はどんなお話が聞けるのか。楽しみです。詳細はコチラ↓

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