Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

絶版には惜しすぎる物語がまたもや

『トーマス・ケンプの幽霊』(1976年)ペネロピ・ライヴリィ作 田中明子訳 評論社

ああ、1970-80年代の評論社の児童図書館・文学の部屋シリーズ好きだな。絶版とは悲しいです。が、地味と言えば地味だから仕方ないのかなあ。スピード感ある盛り上がりがないと今の子たちには難しい?いや、手渡す人さえいれば、きっと響く子はいると思うんです。今日の一冊は、そんな手渡したいと思った一冊。

 

ちなみに古書で探したら、1万2千円でちょっと(かなり)手が出しづらいお値段でした。図書館って本当にありがたい存在だな、としみじみ。

 

今日の一冊の幽霊は、幽霊といっても姿は見えないポルターガイストもの。エクソシスト(悪霊払い)が出てきたりするのですが、おどろおどろしさや、ゾッとする怖さは全くないんです。勝手に幽霊の弟子に指名された主人公のジェームズにとっては、ひたすら迷惑ではあるけれど。自称魔術師の幽霊であるトーマス・ケンプも、現代においては空回り。それが、どことなくユーモラスなんですよね(表紙絵の印象はこわいけど、内容はぜんぜん!)。だから、こわがりさんでも読めます。

 

ところで、この本を手に取ったきっかけは、zoomであったこちらのイベントで取り上げられていたから↓

勝手におすすめしてきてくれたPeatixよ、感謝!

https://the-continuity-of-life-2024-1-13.peatix.com/

 

とおっても興味深いお話でした!

 

こちらで取り上げられた『グリーン・ノウ』シリーズも、『時の旅人』ももともと大好きで。ただ、『トーマス・ケンプの幽霊』だけは初耳だったのです。この三作はどれも英国のタイムファンタジーで、アニメでよくあるタイムファンタジーものとは違い、リアリティがあるんですよねえ。そのリアリティを“身体感覚”と“生の継続性”というキーワードで説明されていました。おお、私が感じていたけれど、言語化できなかった思いはこれだったのか!と腑に落ちました。

 

その中でも興味深かったのは、『グリーン・ノウ』のルーシー・ボストンと『時の旅人』のアリソン・アトリーは体験に基づいて書いていて、中でもアトリーのほうは、“実際に体験したことを書いている”(=つまり自分自身が時を旅した。空想じゃない)と主張しているところ。……ですよね!すんなりと、その主張受け入れられるくらい、リアリティありますもん。

 

一方で、ペネロピ・ライヴィリは資料を参考にそこから想像をふくらませているそう。

 

うんうん、資料が物語を語ってくれることもありますよね。

この物語の中でも、主人公のジェームズも幽霊の手がかりがほしくて図書館へ行くのです。さすが地域の歴史を残している図書館。ビバ図書館。

 

ところで、主人公のジェームズの両親は幽霊なんて信じてくれないタイプなので、非常に孤独なんです。唯一友だちのサイモンには話せたものの、半信半疑な様子に傷つけられところに、庭のゴミ捨て場で見つけたのが、昔の住人の古い日記。こういうのが出てくるところが何百年も前からある家に住み続けるイギリスならでは、ですよね。

 

誰も分かってくれない

 

そんな思いは現代の人たちでも、誰しも抱いたことはあるのではないでしょうか?

 

そんなジェームズが見つけた日記には、驚いたことに過去にジェームズと同じくトーマス・ケンプに悩まされた、アーノルドという少年のことが書かれていたのです。時空を超え、同じ経験者としての理解者を得たジェームズ。

 

ああ、生の継続性。命のつらなり。

 

悠久の時の流れの中にいるという感覚に、ゆっくりと心が感動で揺さぶられるのです。

 

そして、もう一つ。この物語の好きなところは、自然描写が美しいことなんです。

日の光、木々の影、刻々と色を変えていく空模様。風や川の冷たさを感じさせてくれる。そう、身体感覚。この自然もまた過去からつらなっている。サトクリフを読んだときにも同じような感覚になったのを思い出しました。

 

さあ、ジェームズはどうやって、トーマス・ケンプと対峙していくのでしょう?

このトーマス・ケンプがねえ、また色々な感情をよびさましてくれる存在でした。

最後の最後に、いままでと矛盾するようなお願いを彼がしてくるのですが、私にはとても納得でした。そうか、そうだったのか。

すごい秘密が隠されてるとかそういうのではないんです。ただ、幽霊なのにすごくすごく人間味を感じて。愛おしいとすら、ちらりと思ってしまいました(ちらり、とね。大迷惑だから)。そして、彼のあの世での幸せを願わずにはいられませんでした。

 

ぜひ、図書館で探してみてください。