Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

ぜひ出会ってほしい大人がいるんです

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『ペーパーボーイ』(2016年)ヴィンス・ヴォ―ター作 原田勝訳 岩波書店

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今日の一冊は、吃音(どもり)の少年が成長するひと夏の物語。

 

ああ、もう岩波のこのSTAMP BOOKシリーズってばいいんだからあ。

主人公の少年が素敵なのはもちろんなのですが、今日はぜひぜひ出会っていただきたい大人がいてご紹介です。

 

 

 

■あらすじ

1959年、メンフィス。ぼくは夏休みのあいだ、友達の代わりに新聞配達をすることになった。すぐにどもるせいで人と話すのは緊張する。でも大人の世界へ一歩踏み出したその夏は、思いもよらない個性的な人たちとの出会いと、そして事件が待っていた―。(BOOKデータベースより転載)

 

 

■新しい出会いや経験は人を必ず成長させる

 

以前ご紹介した『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』↓

jidobungaku.hatenablog.com

 

もそうでしたが、新しい出会いや経験って、必ず人を成長させますよね。特に子どもの成長は目覚ましい!

 

そして、それが起こりがちなのが、夏休みをはじめとした長期休暇。この物語の主人公は、友人に代わって新聞配達をすることで、老若男女、いままで知り得なかった人たちと出会っていくのです。

 

妖艶なマダム、風変りで博識な老人、テレビばかり見ている子ども。

 

この中でも後述する風代わりで博識な老人スピロさんとの出会いが、少年の人生を大きく変えていくのですが、個人的にはテレビばかり見ている子どもへの見方が変わるところも好きでした。

 

最初、少年はこのテレビ少年に苛立ちを覚えるのです。でもね、最後のほうで、なぜ少年がテレビばかり見ているのかが明かされて、少年含め私たちがいかに物事を一面からしかとらえていないかを痛感させられ、ガツンと来たのです。物語の中ではさらっと書かれている部分なのですが、個人的には「ああ、多面的に物事は見なくては」と襟を正されたエピソードでした。

 

 

■なぜほかの子が普通にできることが自分はできないのか

 

さて、主人公の少年は吃音です。しかも、かなりの。私の周りにも吃音の子は何人かいましたが、この物語を読んではじめて、それがどれだけ大変かを少し理解できた気がします。意識失って倒れちゃうくらい大変なんです!

 

あとがきによると、この物語はフィクションというより作者の回想に近いそう。作者いわく、主人公はとてもつらい言語障害とつきあっていく過程で、人生は吃音以外に大事なことがいくらでもあることを学んでいくんですね。つらい場面、黒人社会の闇の部分もでてきますが、全体的にはとっても爽やか!

 

で、作者の吃音は治ったのでしょうか?いいえ、ご本人いわく「克服した」そうです。

 

物語の中で、なぜほかの子はみな普通にしゃべれるのに自分はちゃんとしゃべれないのか、主人公はずーっと悩んでいるんですね。

 

少年が最も信頼する黒人家政婦のマームにそのことをたずねても「神様がお決めになったことだから」というだけ。だけど、少年はその答えには納得がいかないんです。だって、子どもにそんなひどい仕打ちをする神様は神様がどういうものなのかわかっていない、って。確かに。

 

そんな少年に初めて答えをくれたのが、風変りな物言いで博識な老人スピロさんだったのです。少年の質問に対し、スピロさんは質問で返すんですねえ。(←自分で考えさせるところがすごくいい!)

 

「なぜ六年生全員がきみのように強くてまっすぐな球を投げることができないのだそうか?」(P.82)

 

少年(野球に才能がある)は答えます。「なぜなら、みんなはぼくじゃないから」

 

そこから少年の中に「僕は僕」という感覚が芽生えるんですね。

答えを与えずに、問いで返す。いいなあ。こういう大人になりたい。

 

 

■より多くの真実はフィクションの中に

 

そんなスピロさんと少年の問答は、とても気づきの多いものです。

 

ちゃんとしゃべれる人たちは、なぜあんなにたくさんの言葉を使って、中身のない話をするのか、と問う少年に対して、スピロさんはフランスの哲学者ヴォルテールの言葉、「人間に言葉が与えられたのは考えをごまかすためだ」を紹介します。

 

それあるなあ。大人の文学って、表現が巧みでそれでごまかしてるところってあるある。けど、児童文学はシンプルでごまかしがきかないんですよね。

 

また、フィクションは作りごとで、ノンフィクションは本当にあったことですよね、との質問に対するスピロさんの回答は以下の通り。↓

 

「それは原則論にすぎないと答えておこう。人はフィクションの中により多くの真実を見出すものだ。つきつめればすぐれた絵画は写真よりも真実に近い。若きニュースの伝え手よ常にそのことをおぼえておきたまえ」(P.88)

 

そうそうそうそうー!

だから、物語って架空のものでも説得力を持つんですよね。真実がそこにあるから。

そして、児童文学には特に真実が多く込められていると思うのです。

 

この他にも、スピロさんの含蓄のある言葉の数々は、書き留めておきたいものがいっぱい!この物語は作者の回想なので、登場人物たちはみな実在なのですが、唯一架空なのがスピロさんなのです。でもね、あとがきによると、スピロさんは大人になった作者がモデルなんですよ。

 

ああ、スピロさんのような大人に出会えていたら、なんて豊かな人生になることでしょう!そう、ぜひ出会ってほしい大人って、スピロさんなんです。そして、ラッキーなことに、私たちは出会えるんです!読書を通じて。

 

ぜひぜひ、出会っていただきたい物語。

ちなみに続編もあります。続編では、少年がスピロさんから受け取った宿題の答えが明かされそうなので、楽しみです(まだ読み途中)。

 

 

【今日の一冊からもらった問い】

自分は意味のある言葉を発しているか?