Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

発達障害の魅力に出会おう!

f:id:matushino:20200703185206j:plain

『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』(2013年)フランシスコ・X・ストーク作 千葉茂樹訳 岩波書店

 

※毎週月曜・金曜の19時更新中!

Facebook『大人の児童文学』ページもよかったら♪

 

  

私の周りでは、経済的にコロナ禍の直撃を受けた人はいないので、あまり実感はわかないのですが、閉店や廃業のニュースを見ると胸が痛みます。いままでの経済最優先の社会は変わってほしいと思う一方で、まず打撃を受けるのが小規模で自力でがんばってる人達だったりする……。複雑な思いです。

 

今日の一冊は、発達障害の魅力と、経済最優先だとより多くの人の経済を支えるという大義名分のもとに、不正が正当化されていくコワさを実感できる一冊です。

なーんて書くと固そうですが、面白くて一気読み!

 

【目次】

 

『マルセロ・イン・ザ・リアルワールド』あらすじ

マルセロは発達障害をもつ17歳。「リアルな世界」を経験してほしいという父親の望みに応え、ひと夏を、彼の法律事務所で働くことに。新しい出会いに仕事に戸惑いながらも、試練の毎日を乗りこえていくが、一枚の写真から、事務所の秘密を知ってしまい…。だれもが経験する不安や成長を、発達障害をもつ少年の内面からえがく、さわやかな青春小説。(BOOKデータベースより転載)

 

 

発達障害はただの個性

 

読み応えのある良質なYA(ヤングアダルト、中高生向けの分野)です!

昨今さかんに聞かれるようになった発達障害が描かれているのですが、これを読むと、発達障害って、本当にただの一つの個性なんだ、としみじみと思わされる。

 

個人的には何でも病名をつけることには違和感があるのですが、でも、そうだと聞くことで相手側が「じゃあしょうがないか」と違いが認められるのであれば、それもいいのかなと思うこともあるし、難しいところです。

 

よく雑誌やネットにある鬱診断やADHD診断なんかも、一つも当てはまらない人いるの?というくらい誰にでも多少は当てはまっていたりしますしね。

 

「なんでこんなことも分からないの!?できないの!?」ではなく、マジョリティがマイノリティの個性も受け入れられれば、その人らしさを他の人も認めることができたなら、全ては解決するような気がします。実はとってもシンプルなことなのではないかと。

 

■他人の目を通して物事が見れるのは本ならでは!

 

そんな発達障害を描いたこちらが画期的なのは、語り手がマルセロ自身であること。それによって、私たちはマルセロの目を通すと世界はこんな風に見える、聞こえる、感じられるというのを追体験できるんです。訳者の千葉茂樹さんもあとがきで、マルセロの目を通して世界を見るとあらたな視点を得たよろこびにひたることができた、とおっしゃってますが、激しく同意です!こんな体験、本でしかできない♪

 

例えば、マルセロはリアルな音楽のほかに、「内なる音楽internal music」と彼が呼んでいるもの(病院の先生は「心の音楽mental music」と呼んでる)もしょっちゅう聞いています。でも、それには音がないんです。音のない感覚だけの音楽。それが脳内いっぱいに響いて、すごいとしかいいようのない感覚。「リアルな音楽を聞いてるときは側頭葉が、内なる音楽のときは脳の一番古い部分=視床下部で何かが起こり、大脳辺縁系が花火みたいに輝いている」という先生の説明も、なかなか興味深いです。

 

そんなマルセロの障害は、自閉症スペクトラムのひとつ、アスペルガー症候群と呼ぶのが一番近い障害。コミュニケーション能力が低く、社会的関係性を築くのが苦手で何かに強い“こだわり”を持つことが多い。それゆえ、アスペルガーの人って何かに秀でていて大成する人も多いですよね。“アスペルガー 有名人”で検索してみてください。ええ、あの人も!?この人も!?才能のある人ズラリです。

 

作者のフランシスコ・X・ストークは、この本を自閉症児の甥ニコラスに捧げるとしています。また、学生時代のバイト先で出会った発達障害を持つ人たち、彼らから受けた愛に応えるために、この物語を書くことによって、少しでも彼らの特質を世間に知ってもらえれば、と思って書いたんですね。

 

そう、愛を受けるのは障がい(ってこの言葉にもちょっと抵抗を覚えるのですが)を持っていない私たちのほうなんだなあ。

 

 

■ 行動が全て

 

さて、この物語にはさまざまなテーマが盛り込まれているのですが、そのうちの一つが経済優先で感覚が狂っていくコワさ。経済より命優先っていえば、たいていの人はそりゃそうだ、となるでしょう。でも、そこに自分の家族が犠牲になるとなったら?とたん、見え方は変わると思います。少数の犠牲者に我慢してもらうことで、大勢の家族が助かるなら?自分が信じる正しい行いのせいで、自分の家族が傷つくことが分かっていたら?

 

マルセロも悩みます。

 

事務所の秘密を示唆する写真を発見してしまい、その件をどうしたらいいか事務所で唯一の理解者ジャスミンにマルセロはたずねます。ところが、答えはあなたにしか出せないといい、意見をいってくれないジャスミン。なぜと問うマルセロに対し、

 

「なぜなら、わたしの意見は、考慮すべきすべての判断材料に基づいたものではないから。わたしはあなたじゃない。あなたがお父さんのことをどう思っているのか、わたしにはわからない。それに、あの少女のことをどう感じているのかも。あなたが失うかもしれないものを、わたしは失う状況には置かれていない。あなたがなにかを決断するたび、それがどんな決断だとしても、あなたはなにかを失うわ。失うことに耐えられるかどうか、それはいつも問題になってくる。いま、ここでピアノを弾いてるのはわたしじゃない。つぎにどの音をだすのかを決めなくちゃいけないのは、あなたよ」(P201-202)

 

まだ社会人にもなっていないのに(彼女はインターン)こんなこと言える?すごいなあ。このジャスミンという子も魅力的。ぜひ出会ってほしい。

 

ほかにもこの物語の中には出会ってほしい人がたくさん。

 

謎の写真の女の子、イステルもそのうちの一人。ドラッグや売春に明け暮れていた彼女がいかにして変わっていったか。何かしらのトラウマを抱えている大人も必見です!受け入れるって、そんな自分の醜い部分を許すこと、やさしくしてあげること。

 

マルセロの母親であるオーロラもなんて芯が強くて魅力的なことか。マルセロは神への興味が尽きず、母親の親友であるラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)とよく対話を交わすのですが、そこで語られる母親のオーロラ像が素晴らしい。

 

オーロラが神を信じてるかどうかを、神自身がほんのちょっとでも気にかけてる。思う?オーロラにとっては、神を信じる必要も、神の御業のことをちらっとでも思い出す必要さえもないの。オーロラの信仰は、行動そのもののなかにあるんだから。わかる?

 

神が望んでいるのは、神を思うことじゃない。行動を望んでいるの。だからといって、すべての人にとってもそれが唯一の方法だと、オーロラが考えてるってわけじゃない。(P329)

 

 

行動の人、それがオーロラ。

そんな彼女がなぜマルセロの父親と結婚し、このたび夫に同調してマルセロをリアルワールドに入れることに賛成したのか実は疑問だったのですが、彼女はマルセロのことを尊重するのと同じように、夫のことも尊重していたんだなあ。魅力的な女性です。

 

でもでも、やっぱり一番出会ってほしいのはマルセロその人。バーモントで出会ったジャスミンのことが好きな彼女の幼なじみジョーナは、マルセロが一つ一つの事柄に対して、随分掘り下げて考えることに驚くんです。それを「病的だという人もいます」と答えるマルセロに対し、「おれたちも病的になるべきだな」というジョーナ。

 

「人には十分な時間がありません。重要なことを話すべきです」(P288)

 

 

そう述べるマルセロの言葉が心に残ります。

そんなマルセロの取った行動とは?

ぜひ読んでみてください。

 

 

【今日の一冊からもらった問い】

 自分ならどうした?自分が口から発している言葉は重要なことか?