Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

お話の持つ力を感じる物語

『トラからぬすんだ物語』(2022年)テェ・ケラー作 こだまともこ訳 評論社

夏バテやら高熱出したりやらで、ブログお休みしてしまいました。ようやく復活です!

 

さて、今日の一冊は、お話の世界にどっぷり浸かりたくて、タイトルも気になるし、ポップな表紙絵に惹かれて、ファンタジーなのかな?と思って手に取った一冊。

 

そうしたら、ちょっと予想していた内容とは違っていました。

なるほど、2021年のニューベリー賞受賞してるんですね。実は、深いテーマを描いた物語でした。いつかは向き合わなければいけない愛する人の死、自分のルーツ、そして勇気を出して変わること。うーむ。これは、思った以上に消化に時間がかかりそう。まだ感想がとっ散らかっていて、うまく伝えられるか分かりませんが、とりあえず書いてみますね。

 

あらすじだけ読むと、ちょっとファンタジックなんですよ。

一人暮らしのおばあちゃんが病気になったので、そこにリリーの一家が引っ越してくるところから物語は始まります。リリーもお姉ちゃんのサムもハルモニ(舞台はアメリカですが、おばあちゃんは韓国人)のことは大好き。でも、この引っ越しはお母さんが勝手に決めてしまったことなので、サムはずっと機嫌が悪くて、色々相談に乗ってほしいのにそれどころじゃなさそう。お父さんは死別しているので、お母さんは仕事を見つけなければと必死だし、リリーはQAG(Quiet Asian Girl)として姉のサムからバカにされている。そんな引っ越しの道中で、突然トラがあらわれて、ハルモニが盗んだ物語を返してくれ、というのです。が、このトラがリリーにしか見えない。リリーの幻覚?トラは本当にいるの?ハルモニを救うために、勇気を出して奮闘するリリー。そんな彼女の成長と家族の絆の物語。

 

姉妹間の繊細な関係もよく描かれている物語でした。

ところで、透明人間と自認している内気なリリーは、引っ越し先ではじめてリッキーという友だちができるのですが、このリッキーがどうも精神的に幼いんですよねえ。そんなこともあり、正直、ちょっと物語に入りこめない部分もあったんです。が、きっとそれは私がつまらない大人になってしまったからなんだろうな。物語の世界にどっぷり入りこめないのが、ちょっと寂しくもありました。

 

ところが、ですよ。突拍子もなく思えるトラという存在がなかなか面白くて。敵だとばかり思っていたのですが、物語を返してくれたらハルモニを助けてくれるというではないですか。もしかして、味方なの?敵なのか味方なのか判断がつかない、そういうドキドキがあり、入りこめないといってるわりには、ページをめくる手は止まりませんでした。

 

さてさて、リリーはトラが敵とおもい込んでますから、罠にかけようと奮闘するんですね。なんせトラは自分にしか見えないのでこわい。一番協力してほしい姉のサムは不機嫌で話が通じない状態だし、それはそれは孤独な闘いなんです。他の誰でもない自分が、ハルモニを救うために勇気を出さなきゃいけない、変わらなきゃいけない。友だちになったリッキーは面白がって協力はしてくれるけれど、本当の事情は知らないので、真の意味での助けにはなれなくて。

 

ただ、「自分が変わっていってると感じることはない?」と質問するリリーに対してのリッキーの答えがとてもよかったんですよねえ。リッキーはコミックのヒーローになぞらえてこう答えるです。

 

ヒーローはふつうの人なのに、ある日とつぜん世界に必要な人間になっちゃうんだ。で、すっごい能力を持って、かっこよく変身するんだけど、心のなかではまだ、どうしてかなって思ってる。まだ、こわがってるんだ

 

で、どうなるの?

 

どっちみち、世界を救うんだ。心の準備ができてなくてもね。で、どんどん強くなっていく。そうしていくうちに、自分がだれかってことを学んでいくんだよ(P308)

 

そう、心の準備なんてできてなくったっていい。やらなきゃいけないこと、向き合わなきゃいけないときがある。こわくても、やるしかないときが。動きながら学んでいく。

 

ところで、トラが返してくれという物語は、一体どういう物語だったのでしょう?おばあちゃんが盗んでしまった物語とは?......それは、おばあちゃんがフタをしてしまった物語でした。悲しい話、怖い話。それを聞いたとき、あれ?って思ったんです。フタしてしまっていいのかな?って。その内容とは?想像以上に壮大な物語でした。

 

物語を返してくれたら、ハルモニを治してあげる、とリリーに約束したトラでしたが、ハルモニの症状は悪くなるばかり。そりゃそうです、寿命ってあるんですから。そんなときに、トラがこう言うんです。

 

治すというのは、あたしたちの思いどおりになることじゃない。本当に必要なものをあたえられるってことさ。お話でも、おんなじだね(P246)

 

これは、なかなか深いです。思い通りになることがベストなわけじゃない。大切なのは、必要なものが与えられ自分を取り戻すこと、自分を知ること。この物語を読んでいて、作者の想像力から生まれたというよりは、何かに導かれるようにして書かれた物語だなあと感じていたら、あとがきにやはりそう書かれていました。あとがきも興味深いので、ぜひ。

 

最後に、秩序や組織だったことが好きな図書館司書ジョーさんの言葉を紹介して終わりますね。図書館司書になった理由は、世界中の全ての知識がきちんと分類されて、きちんとした場所に収まるーそういう考えが好きだったから、という無愛想なジョーさん。

 

でも、わたしは図書館の仕事を長年やってきた。そこで学んだのが、物語は秩序でもないし、組織だったことでもないってことだ。感情のものだってね。感情は、時としてつじつまがあわないことがある。そうだな、物語やお話っていうのは……水みたいなものだよ。雨みたいな。ぎゅっとにぎりしめても、指のあいだからこぼれ落ちていく。それは考えようによっては、こわいことかもしれない。でも、水は命をあたえてくれる。大陸を結びつける。人びとを結びつける。それに、静かなとき、水がじっとしているとき、わたしたちは自分の姿を映してみることができる(P266)

 

物語やお話は、私たちに自分が何者かを教えてくれるんですよね。そして、結びつけてくれる。つながりを取り戻させてくれる。

誰かと語り合ってみたいなあ、と思うような物語でした。