Pocket Garden ~今日の一冊~

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これに感動せずに、なにに感動する!

『セカイを科学せよ』(2021年)安田夏菜作 講談社(文学の扉)

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今日の一冊はコチラ。先日、岡山の数ある魅力的な個性派書店の中から蟲文庫に行こうと思ったきっかけは、間違いなくこの本の影響。

 

こちら、2022年読書感想文コンクール中学生の部の課題図書だったそうです。読書感想文自体やその選書にも毎年思うところがあるのですが、『セカイを科学せよ』に関しては、うん!これぞ課題にして!って思いました。講談社の“文学の扉”シリーズから出ていますが、まさに扉を開いてくれる、そんな物語なんです。とにかくアレルギー的に理系的なものが苦手な文系人間の私ですが、そういう人にも科学への扉を開いてくれる。そして、何がいいって、読書が苦手な子でもすーっと物語に入っていけるところなんですよねえ。面白くて、面白くて一気読みでした。

 

主人公の藤堂ミハイルは、父親は日本人、母親はロシア人。見た目が目立つため、小4のときに担任から言われた言葉でこじらせ、目立たないように目立たないように生きていくようになってしまった中学2年生。そこへ、ぶっ飛んだ転校生がやってきます。それが、山口アビゲイル葉奈。顔もどこにいるかも分からない父親はアメリカ人の黒人、母親は日本人で、葉奈は見た目と違って、英語はまったく話せない。そんな彼女が情熱を注いでいるのが蟲(昆虫限定でなく、爬虫類、両生類、甲殻類を含む)なんです。科学部の中で、一人生物班を立ち上げた葉奈が、いろんな生物を学校に持ち込むから、もう大変!虫嫌いの子も多いので大騒動。さあ、どうなる!?!?

 

ミックスルーツ、同調圧力など考えさせられるテーマを含みつつも、ドタバタ感もあって軽やかでいいなあ。葉奈がカラッとしてていいんです。もちろん、悩みをへて、今の葉奈があるのだけれど。葉奈は色んな場面でハッとする気づきをくれるんです。

 

例えば、カミキリムシのキーホルダーをしてきて、周りから惹かれるんですね。そのときに「こわがる人もいるから(つけるのやめましょうか)」という先生に対し、犬が怖い人もいるのに、それはOKなのはなぜ?と投げかける葉奈。うーん、そうだよなあ。

 

黒人ハーフというと、バスケや陸上で活躍しそうなイメージがあって、みな身体能力が高いと思われがち。それに対しても、葉奈はこうキッパリ言い切ります。

 

イメージに頼ると物事の本質を見失うと思います(P.47)

 

それには、いつもこう語っていたおばあちゃんの影響が。

 

葉奈、ちょっと見てわかった気になっちゃダメ。よく見て、よく考えて、本質を追求するんだよ(P.73)

 

うんうん。今の子たち(含む大人、私自身)って、ネットでちょっと見た情報で分かった気になっちゃって、本質を見失ってるなと感じることが多い。イメージといえば、セイタカアワダチソウの話も印象的でした。セイタカアワダチソウって、外来種で敵視されがちなんですね、イメージとしては“侵略的”。でも実際にはアレルギーを引き起こすのは、在来種のブタクサのほうで、外来種セイタカアワダチソウのほうはアトピーぜんそくに効くんだとか。あー、イメージでなんとなく捉えてたかも。

 

また、あるときは葉奈は命について考えさせてくれる。カナヘビのエサとしてワラジムシを与えるのを残酷だと捉えがちだけれど、葉奈は、“ワラジムシの命は、カナヘビの体にお引越しししました”というんですね。それを聞いて、神聖な気持ちになるミハイル。一方で、エサとして与えるのは残酷だといいつつ、殺虫剤をまくのは平気な人たちもいる。誰かの餌になって生態系の一部になるのと、ただ殺されるのとは、全然違う!という葉奈。そうそう。そうよね。一体、残酷なのはどちらなのか。

 

科学的な面白さも抜群で、もうご紹介したいエピソード満載!ですが、そこは読んでいただいた方がいいと思うので、最後にズドンと響いた箇所だけご紹介させてください。

 

悩んでるのはお前だけじゃないんだ。誰にだって悩みはあると言われると、言い返せなくなるミハイル。でも、じゃあ、この気持ちはどうしたらいい?と。すると、葉奈は言うんですね。

 

人の体は三十七兆個の細胞でできてる。銀河系の星の数の百倍くらい細胞が体に詰まってる(そんなに!?シラナカッタ)。世界には76億しか人間はいない。なのに、いくつもの国に分かれて戦ったりしてる。38に人のクラスでも陰口を言ったりする(確かに)。

 

なのに、わたしの三十七兆個の細胞は、ひとつ残らずわたしのために、二十四時間一致団結して働いているんですよ。これに感動せずに、なにに感動するんですか!(P.118)

 

2年くらいで全身の細胞が全て入れ替わるのに、別人にならないって、よっぽど私のことが好きなのね、って。

 

だって、そうとしか考えられないもん。死んでも新しい細胞にわたしの情報を伝えて、ずっとわたしがわたしのままでいるように、力を合わせてくれてるんだよ。こんなに必死に守ってもらってるのに、本人がシクシク泣いてる場合じゃないよね!だから立ち直るの!この三十七兆個の細胞にかけてっ(P.119)

 

わー、葉奈~!もう、駆け寄ってハグしたい。全私が泣いた。だって、そんな視点なかったもの。細胞が入れ替わるって、そりゃ知ってはいたけれど、わたしがわたしのままでいるように力を合わせてくれてるっていう発想がなかった。すごく力をもらった。私自身はそんなに悩みないし、同調圧力もかわせるほうだし、自己肯定感が高いと夫からよく言われる。けど、それでも、こんな風に捉えてなかったから、すーごく感動したんです。誰かに認められるから立ち直るんじゃない(それもよしだけれど)。わたしの中にわたしを支えてくれる、すべてがあった。努力とかしなくても最初っから。なんだ最初っから愛されてたんだ。自分自身の細胞に。

 

葉奈と出合うことで、一人ひとりが変わっていくさまもとーってもいい物語。きっと、読めばあなたの中の何かも変わるかも。ぜひ!