Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

自由に生きてる人たちに出会う

『少年のはるかな海』1996年 ヘニング・マンケル作 菱木晃子訳 ささめやゆき絵 偕成社

今日の一冊は、冬に読みたいコチラ!

多感な思春期の少年の内面を描いたスウェーデンの物語で、スウェーデンのニルス・ホルゲション賞、ドイツ児童文学賞受賞作。

 

ああ、このちょっと日本人とは違う北欧独特の空気感好きだなあ。訳が菱木晃子さんだったので、きっと間違いないと思ったら、やっぱり間違いなかった。少年の身に起こることはドラマチックなんですけど、描き方は終始淡々としていて、ぐるんぐるん感情が揺さぶられるというよりは、静かに心動かされる感じ。だからね、さらっと読めてしまうといえば読めてしまいます。でも、これは冬にじっくりと読みたいタイプの物語。

 

色んなテーマが折り重なっていて、どこにぐっとくるかは読む人によって違うんだろうなあ。少年から大人への階段をのぼりはじめ、空想から卒業しなくてはと焦る心理(←個人的に分かるっ。身に覚えあり)。片親に育てられ、親が再婚するかもしれない、自分は必要とされてないかもという不安。学校でのイジメ。仲間であると見せかけて、恐怖を与えることで、相手を自分の思い通りにあやつろうとする新しい友人などなど。

 

大人の文学にして、もっと感情的に描けば読者は増えるのかもしれない。でも、これを児童文学でやってしまうところがすごいなあ、って。

 

物語のきっかけ、始まりは、ある夜窓の外を星に向かって走っていく(ように見えた)犬。その犬を追いかけるようにして、ヨエルの夜の徘徊が始まります。

 

昼とは違う顔の夜の町。不思議な出会い。これがねえ、なんとも言えずいいんです。いや、不穏な感じなんですけど、なんていうんだろう。同じ場所のはずなのに違う景色を見ること、秘密があることで、成長するっていえばいいのかなあ。その秘密を見させてもらえてる気がして。

 

最初は仲間だと思ったトゥーレからひどいことをさせられそうになったり、父親の新恋人の件で心が押しつぶされそうになるヨエルでしたが、そんな彼を救ってくれたのは、二人の大人たちでした。その二人は、町の人たちから奇異な目で見られている、いわゆるアウトサイダーたち。この二人がとっても魅力的なんです。

 

一人目は、トウヒの林の中に住むレンガ職人シモン。シモンはおそらく精神病棟に入れられていたと思われる人物で、自分でもまだ変かもというくらい、ちょっと変わっています。が、とっても純粋。片方の足にはゴム長、もう片方には鋲のついたブーツを履いてね、両足に同じ靴を履かなきゃいけないと誰が決めたんだ?って問いかけるんです。彼が、ロープをぴんと張って、雪の上に置いてきれいだろう?と聞く場面は、正直どこがきれいなのか私には分からなかったのですが、彼はこういうんです。

 

なにかきれいなことをすると、さみしさがうすらぐんだ。おれの特効薬だ。おれはずっと病気だった。きれいなことをするようになってはじめて、病気がなおったんだ(P.143)

 

その“きれいなこと”は、彼にとってきれいなことで、他人からは理解されないことかもしれない(げんに私はロープのところよく分からなかった)。でも、自分軸で生き始めた彼は自分を取り戻したんですね。他人の決めたことでなく、自分の思いに従い始めたら、苦しさから解放された。ああ、シモンは“あたしに会えた”んだね(藤井風の新曲『grace』参照)。だから、自由になったんだね。

 

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そんなシモンは、ある日苦しみでいっぱいのヨエルを見て、四つの風の湖というところに連れて行ってくれます。そして、四つの風(悲しみ、怒り、喜び、あたたかくてつめたい風)の話をするんです。四つの風の話はおとぎ話かもしれないけれど、たとえそうでも自分にとっては救いになったから、ヨエルにとっても救いになるといいな、って。

 

どう生きたいかは自分で選べる。そっとヨエルを一人にしてくれた場面がぐっときました。人との出会いが人を変えてくれるけれど、乗り越えるときは自分ひとりと向き合わなくてはいけないんですよね。大事な大事な一人の時間。

 

二人目は、顔の真ん中に黒い大きな穴が開いているイエルトルド。そんな顔で出歩くなと人は思うかもしれないけれど、彼女は平気で出歩く。いまの自分にできることで精一杯楽しんで生きる。

 

でもね、そんな彼女も10年は鏡が見れなかった、というんです。さらっと書かれているけれど、10年です、10年。乗り越えるのに10年。どんなに苦しい10年だったことだろう。彼女について書かれている部分は少ないのですが、とても印象的です。

 

シモンもイエルトルドも孤独かもしれないけれど、自分を取り戻して自由に生きている人たち。私たちは、果たして自由に生きてるだろうか?そんなことを問いかけられた気がします。

 

最後の父子の向き合う様子もとてもよくて、冬から春に向かう素敵な物語でした。ぜひ。