Pocket Garden ~今日の一冊~

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生きるって?自由って?

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『クリスピン』(2003年)アヴィ作 金原瑞人訳 求龍堂

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今日の一冊は、ニューベリー賞も受賞したコチラ!

それでもね、絶版で中古で7円から出品されているの見ると、なんか悲しい......。

 

中世や逃亡劇に全く興味のない私でも、一気読みの面白さでした!

 

『クリスピン』あらすじ

14世紀、中世のイギリス。大荘園領主が支配する小さな村に、名前もなく「アスタの息子」と呼ばれる13歳の少年がいた。母アスタの死後、ひとりぼっちになった少年が、泥棒のぬれ衣をきせられ命を狙われる。「ここを出て自由に生きろ」神父に背中を押され、ひとりで旅に出た少年。母の十字架に隠された秘密とは?自由とはなんなのか?旅の終わり、少年は自分の手で自由をつかむことができるのか!?アメリカの権威ある児童文学賞ニューベリー賞2003年の大賞に輝いた、ヤングアダルト小説の傑作。(BOOKデータベースより転載)

 

まあ、隠された秘密はねー、大人が読めば、正直、物足りないくらいすぐわかっちゃいますよね。だってだって、本当の名前を避けられ、村の端っこで貧しい暮しを強いられてる少年。そんな取るに足らないような少年を、濡れ衣まできせて執拗に追いかけるなんて......。本当はこの少年高貴な身分なんじゃないの?ってことはすぐ分かっちゃう。ネット漫画でもあるあるすぎるくらいの展開。

 

でもね、この物語の面白さや良さは、謎解きや逃亡劇だけにあるわけじゃあないんです。この物語の良さ、それは、テーマが“自由”だということ。

 

逃亡中に、クリスピンは大道芸人の熊と呼ばれる人物に会うのですが、この人物がとにかく興味深い!慈悲深いわけでも、信心深いわけでもなさそうなのに、時としてそうであったり。当初はクリスピンを奴隷扱いしたり、パワハラめいた嫌な人物だな、と思っていたけれど、熊は人間というのはいろんな面を併せ持つんだということを教えてくれるんです。

 

出会った当初の熊のクリスピンへの扱いは、ヒドイものでした。でもね、なんか私、熊がクリスピンにイラつく理由が分かる気がするんですよね。そのときのクリスピンは、とにかく“自分”というものがない子で、自分がどうしたいかも分からない、自己肯定感の低い子だったんです。だから、熊は本当は反発してほしかったんじゃないかな。何を命令されても、“あなたがそういうなら、従うしかないでしょ”といった感じなんです。“逃げるなよ”と言われれば、逃げれる状態であっても、逃げれるとさえ思わない。

 

そう、クリスピンは魂が抜けた状態だったんですね。そんな自分の魂を感じたことがないというクリスピンに、だったら魂があるってことをたしかめようじゃないか!と言って、熊はリコーダーを教えてくれます。そして、こんな言葉をかけるんです↓

 

「人はだれでも悲しみを抱えている。なのに他人の悲しみまでいっしょに味わいたいやつがいるか?人々が求めるのは気の利いた笑いだ。それだったら多すぎて困るってことはない。神様のなにがありがたいって、いちばんありがたいのは神様の笑い声だ。神様が笑うから、人間も笑うことをおぼえたんだ。陽気なやつはみんなに歓迎される。悲しみを捨てろ、クリスピン。そうしたら自由がみつかる」P.120

 

まあ、悲しみも悪くはないんですけどね。ただ、いつまでもそこにとどまっていたら進めない。成長できない。笑いは多すぎて困るってことはない、っていうのはそうだなあ、って。

 

また、熊のような人物に初めて出会って、色々とちんぷんかんぷんなクリスピンに対し、熊はこうも語ります↓

 

「道化師をやっていた賢い男が、あるときこういっていた。答えをもらってばかりでは死人と同じだ。なぜ、どうして、と問いつづけるからこそ人間は生きていられる。いい言葉だろ?」P.121

 

「人はだれでも自分自身の主だ。そうじゃないか?」P.122

 

これ、これ!!!

そう、長年の環境の結果、クリスピンは自分自身の主ではなくなってしまっていたのです。そんなクリスピンでしたが、熊と一緒に旅するうちに、徐々に成長していきます。ここぞというときに、熊の言いつけを守らず、危険な目にあってしまったりもしてハラハラするのですが、でも、それも彼が自分自身の主になってきた証拠。

 

この物語は中世の架空のお話だけれど、自分自身の主になれていない人は現代にもたくさんいると思うんです。毒親に育てられてしまったため、自分はもう思うようには生きられないんだ、と思い込んでしまっている人。周りの友だちや、学校、会社などの組織に違和感を覚えつつも、受け入れるしかないと思い込んでしまっている人。そんな人たちに、この物語は勇気を与えてくれます。

 

誰でも自分自身の主!

答えなんてすぐに分からなくてもいい。

大事なのは、問い続けること。

 

自分はいま本当の意味で生きてる?

自由に生きてる?

 

そんなことを問いかけてくれる物語でした。