Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

山から人生のすべてを教わろう

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『帰れない山』(2018年)パオロ・コニェッティ著 関口英子訳 新潮社

※毎週月曜・金曜の19時~21時の間に更新中!

(できるだけ19時ジャスト更新!ムリだったら、21時までに更新笑)

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今日の一冊はイタリア文学のこちら。

 

私が紹介するものはマイナーなのが多いね、と言われることが多く、自分はベストセラーとは基本合わないなあ、と感じています。が、今回、イタリアで30万部のベストセラーであるこちらを手に取ったのは、美しい表紙絵に惹かれたのと、ストレーガ賞&同賞ヤング部門受賞とあったから。ストレーガ賞とはイタリア文学界の最高峰なんだそう。そちらの賞と同賞のヤング部門をダブル受賞、つまり大人からも子どもからも絶大な支持がある、と聞いたら読んでみたくなるではありませんか。

 

これはねえ……ああ、出合えてよかった!!!

一気読み!ではなく、ゆっくりゆっくり味わいながら読了しました。

基本読むのは早いほうなのですが、時々こういうゆっくりしか読めない物語があるんです。サトクリフとかもそう。

 

静かに落ちてきた水滴が、ゆっくりと地面に吸い込まれ、やがて根に届くように、ゆっくりじんわり心の奥深いところに届く、そんな物語。

静かな感動と余韻に浸っています。

 

あらすじを述べるほどの事件は起きません。アルプスで出会った二人の少年の物語。それが、壮大な厳しい山の自然を通じて人生が描かれる。山好きの人はもちろん、思春期男子や男の人に勧めたくなるなあ。

 

あ、一つだけ残念な点があるのですが、ルビをもっとふってほしかった。そうしたら、高校生にも差し出しやすいんだけどなあ、って。見慣れない樹木の名前や、山用語……歩荷(ぼっか)なんかも読めないんじゃないかな。この読み方であってるのかなと思いながら読み進むのは、モヤッとしちゃうから……。

 

さて、この物語、いわゆるあらすじに書くような事件は起きないのですが、さまざまなテーマが盛り込まれています。

 

思春期の親子関係、不器用な男同士の友情、理想を追い求める男性と現実的な女性の違い、母になった女性の強さ、自分以外の子どもを我が子のようにかわいがること……などなど。誰しも、自分事として読める箇所があるんじゃないでしょうか。そこへ、人間の事情などものともしない大自然が威厳をもってとそびえたっているわけです。過酷ともいえるその状況ですが、自然はやっぱり恵み。自然の中で生きづらくしているのは、貨幣経済の介入のせいなんだなあ、としみじみ。余談ですが、口下手な父子のぎこちない関係性は、うちの義父(登山が趣味)と夫みたいで、他人事とは思えませんでした。義父は、主人公の父と同じく、頂上のみを目指し、後ろを振り返らずに、どんどん行ってしまうタイプ。義父母との登山は一度きりで、私は勘弁でした(笑)。

 

ところで、驚いたのは、古典のような佇まいなのに、主人公はうちの兄と同年齢という設定だったこと。1972年生まれ。同世代なんだと思ったことも、感情移入した一因かもしれません。え、それとも私たちの世代ってもう古典の域なの(笑)?昨日息子に、お母さんの高校時代って、テレビが出始めた頃?昭和でしょ?って聞かれました......

 

色んな思いや、色んな問いが交錯するけれど、ああ、もう感想書けなーい。

いわゆる感想は書けないけれど、読んでいる間、私は行ったことのない北イタリアのモンテ・ローザ山麓を主人公たちと一緒に歩き回り、鳥の声や川のせせらぎを聞き、水の冷たさを確かに感じました。センス・オブ・ワンダー全開です!

 

内容の感想は書けないけれど、読むと山の話がしたくなるので、もう自分の思い出話に浸っちゃいます。ここから先は、個人の思い出話なので、別に読まなくてもいいですよー(笑)。

 

後半、ネパールの山も出てくるのですが、私もネパールの山は学生時代の最後に登ったことがあるので、なつかしさに胸いっぱいになりながら読みました。

山ガールでもなく、なんならアウトドア派でもなく、装備もないのに、現地で会ったオランダ人の子と成り行きで普通のスニーカーで登ったネパールの山。

途中会った早稲田(←聞いてもいないのに大学名言ってきたのが印象的だった笑)のワンゲル部の人たちに「え、その恰好で?何者?」と驚かれました。それなのに、夜寒さに震えていた、彼らのうちの一人にエマージェンシーシートを貸してあげたのは、私のほうだったなあ。高山病にも彼らより私の方が強かった(笑)。

 

いや、マウンティング取ってるわけじゃなく、なんのこっちゃない、私は、ゆっくり登ったから、体力的にも余裕だったんですね。高山病で下山するのは日本人が多いんですって。決められた期間にゴールしなきゃ、仲間の速度に合わせなきゃと思って、ムリをするからだそう。私が登ってるときも、一人担架に担がれて下山していました……。欧米人はバカンスも長く、楽しみながら自分のペースで登る人が多い。ムリと思ったら、途中の村に泊まってゆっくり再開するから、高山病になりにくいんですって。何のゴールも気負いもなかった、私はゆっくり登ったのでした。

 

さて、カトマンズからひたすらおんぼろバス(途中山道落下しそうで死ぬかと思った)に揺られ、7時間。リゾート地とよばれるポカラに、こ、これがリゾート!?と驚いた私。そもそもアジア慣れしてなかったので、その埃っぽさや道にあふれるゴミなど色々カルチャーショックでしたが、数十分後にはもう居心地よくなっていました。人々があたたかかったから。

 

たどりついたアンナプルナ地方からはじめて見たヒマラヤ。驚愕だったなあ。

最初、雲に隠れて山々は下のほうしか見えなかったんです。で、雲の切れ間から山頂が姿を現したとき、ひっくり返りそうになるくらい驚いた。

えっ!?!?!?そこ!?!?!?って。

予想をはるかに超えた天空に山の姿が見えたんですもの。そこは、もう空ですよ、っていう位置。ただただ圧倒された。スケールが、今の子の言葉を借りるとレベチ。人間なんて、なんてちっぽけな存在なの!

 

そんなネパールで、私も主人公と同じく、何に一番惹かれたかというと、山そのものよりも、そこに息づいて根付いて暮らしている人たちでした。彼らの暮らしぶりを見ているのが、もう本当に楽しくて。土の床に座って作るお茶。赤ん坊を背負ったまま働く女性たち。シンプルライフ最高!文化人類学好きなので、フィールドワークでステイしたくなりました。

 

カラパタール方面に登ったときは、たくさんの登山家の人たちと話もしたなあ。

スタート地点の景色で、既に大満足の私。ある晩、頂上に惹かれる気持ちが私には分からなくて、登頂自慢をしていたおじさまに聞いてみました。なぜ山に登るのか。あるあるの回答が返ってきました。

「やっぱり征服欲かな。頂上にたって、その向こうに見える景色が見たい」

その人と話合わなかったな(笑)。

 

その方は、主人公のお父さんと同じく、一刻も早く登頂することだけが目的な感じで、途中途中の景色をぼーっと眺めては楽しむ私とは合わなかった。けれど、登山家が原因の山のゴミ問題の話などもして面白かった思い出。

 

そんな私はタンボチェ(3,867m)のというところで断念。スタート地点自体が標高が高い(2,800mくらい)ので、たいして歩いておらず、登山家の人たちから見たら、え、そんな入り口でもう引き返しちゃうの?って感じだったかもしれません。体力的にはまだまだいけたけれど、積雪があるのに防水でもなく、なんなら現地で捨ててこようくらいに思ってたスニーカーしかなかったから、そこでおしまい。私は山の頂上を目の前にして想像するほうが好きだったし、何より人々が暮らしている村が好きだったから、それ以上登ることにもあまり興味なかったんですよね。でも、タンボチェまでは行ってよかった。夜の帳が下りようとしていたのか、天気が悪かったのか記憶が定かではないのですが、どんよりした重い空気の中、静かで荘厳な暗い僧院は幻想的で、良い意味で色んな感覚がぼーっと麻痺していく。まるで夢の中にいるようでした。忘れられない体験。

 

高所恐怖症で、岩登るのムリー!下に激流流れてるのに板と板(しかも腐りかけてる)の間離れすぎてる吊り橋渡るのムリー!という箇所が何カ所かあったので、また登りたいかと問われると、もうムリなような気がする。その場で知り合った人に手つないでもらって渡ったりしたくらいでしたから。

 

でも、ヘリコプターで登って、ただ村人たちのところにステイするのだったら、またしたいなあ。『帰れない山』の主人公のお母さんと同じく、私はそこで頂上まで登る人たちの帰りを待ちたい。暮らしがあるって、素敵なんだもの。山荘の外のテーブルで、お茶のみながら、高原植物の美しさやそびえたつ山々を眺めたりするのが好き。とっても、豊かな時間が流れてました。

 

そして、何よりもあのとき食べたシンプルなアップルパイ!!!忘れられない。いわゆるバターたっぷりのサクサクパイとは違う代物で、もっとゴツゴツしていて、もっと味わい深い。あー、もう一度食べたい!あれ食べるためになら山に行きたい!結局食べ物の思い出になってしまう私(笑)。いや、すべてがね、山の思い出ってホントに特別なんです。

 

内容の感想は色々思いがありすぎて、書けず、ついつい自分の回想話になってしまいましたが、ぜひ。山好きの方なら、自分の体験談話したくなるんじゃないでしょうか。みなさまの体験もぜひぜひお聞きしたいなあ。

 

山に惹かれる人はもちろん、実際の山はちょっと……という人も、この物語が体験させてくれる過酷だけれど美しい自然に出合ってほしい。

心に染み入る物語です。