Pocket Garden ~今日の一冊~

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突きつけたくなる本

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『ホエール・トーク』(2004年)クリス・クラッチャー作 金原瑞人、西田登訳 青山出版社

これは、出会えてよかったと思える一冊!

 

Kodomiruさんが熱く紹介されていたので、読んでみました。

自分からはきっと手にとらなかっただろうと思うので、やっぱり良い本って人から人へと手渡されるものだなあ、としみじみ。

 

 

『ホエール・トーク』あらすじ

 

主人公T・Jは有色人種で成績優秀、スポーツ万能。でも、とにかくスポーツが重要な地位を占めている学校では、どの部活にも所属していないことで学校に貢献していないこと。というわけで、先生たちからは良く思われていない。

そんなT・Jは日頃から特殊学級にいるマイクをアメフトの花形部員のイジメからかばっていたが、マイクがイジメられる原因は亡き兄のスタジャンを着ていることに起因していた(この学校では、スポーツで成績優秀者のみがスタジャンを着る資格がある)。ある日シメット先生から、新しく水泳部を立ち上げるので部員になれ、と言われたT・Jは、これを利用してマイクが正式にスタジャンが着れるようにする機会にしようと奮闘。

プールのない学校で、集まって来た部員はアウトサイダーばかり。壮絶な生い立ちを持った有色人種、鈍才、秀才、マッチョマン、巨漢、カメレオンマン、サイコパスの7人。それぞれが、それぞれの背景を持っている。初めは口もきかなかった部員同士も徐々に心を通わせ、スタジャン獲得に向かって一致団結していく。

 

訳者の金原瑞人さんがあとがきで、「相手の好みなどきくまでもなく、とにかく読んでみてくれと突きつけたくなる本というのもごくまれにある」そして、これはそういう類の物語だと述べられています。

 

そうなんです。だから、逆に感想とかあまり出てこないというか、とにかく読んで!としか言えないような物語なんです。

のけ者たちのサクセスストーリー、そんな簡単な話じゃない。加害者、被害者、児童虐待、人種差別、色んな重たいテーマが盛り込まれています。重たいのですが、主人公のT・Jがとてもバランスが取れているので、グイグイ読ませます。

 

そんなバランスが取れているかのように見えるT・Jも、昔は癇癪持ちで大変!手が付けられなかったのですが、セラピストのジョージア・ブラウンのおかげで立派に成長しているんです。人は人と出会って、変わるんだなあ。

 

この物語の中には、本当に不快な人物たちもたくさん出てきます。もうね、はらわた煮えくりかえる思い。特にアメフト部員のマイクとOBのリッチはtop of クズ!!!って感じ。でも、作者はこの二人の育った背景にもさりげなく思いを寄せているんですよね。本当は悲しい人達なんだ、と。

マイクやリッチは本当にクズだけれど、それよりも、彼らのような人物を“将来性がある選手”として大事にする理事やコーチたちに私は腹が立ちました。性質が悪いのはそっちの方。日本の体育会系でも色々と事件がありましたよね(もみ消されたものもたくさんあったんだろうな)。もう、将来性って何!?って思う。能力重視、競争社会だと、こういう歪んだことがおこりがち。

 

そんな理事やコーチや選手全員に見せたい、とT・Jのお義父さんが繰り返しみていたあるインタビューが印象的でした。

それは、エイズで亡くなったテニス界の名士アーサー・アッシュのインタビュー。

 

ひとりになったとき、天を仰いで「なぜわたしが?」と言いたくならないか、と聞かれ、アーサーは穏やかな口調でこうきっぱり言うのです。「なぜ、死ぬのがおれじゃいけないんだ?」

 

父さんはこういっていた。アーサーは、カッターのスポーツ選手やコーチや理事には理解できない大切なことを知っていた。つまり宇宙は、人一倍速く走れたり高く跳べたり、速球を針の穴に通せるくらい正確なコントロールで投げるやつを特別扱いしたりしない。アーサーは知っていたんだ。人間は宇宙がくれるものを、ただもらうしかない。与えられた人生を精一杯生きようと生きまいと勝手だが、結局みんな死んでいくことに変わりはない。(P.29)

 

人間の価値、生きている意味について考えさせられます。

 

このお義父さんは、実は昔とある未亡人の赤ちゃんを事故死させてしまった、という重い重い十字架を背負って生きているのですが、もうねえ。お義父さんの生き方からも学ばされます。そんなお義父さんを支えていた、精神的にタフな弁護士のお義母さんの生き方にも。

 

夜中に一人で読んでいたこともあって、最後は号泣。

 

この世には生きづらさを抱えている人のなんて多いことか。そして、私はなんて甘ちゃんなんだろう。でも一筋の希望はある。

 

これじゃあ、どんなところがよかったのかちっとも伝わらないかもしれませんが、訳者の言葉をお借りしますね。

「とにかく読んでみて」

 

私が、ほかにも「とにかく読んでみて」と思ったのは次の2冊。こちらもよかったら。↓

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