Pocket Garden ~今日の一冊~

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運命にどう向き合うか

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『走れ、走って逃げろ』(2015年)ウーリー・オルレブ作 母袋夏生訳 岩波書店

 

すごい!

すごいなあ。思わず感嘆のため息がもれてしまうのが、ウーリー・オルレブが描く物語。

 

先日の防災×文学ピクニックの中でご紹介したのは、オルレブ自身の体験談↓

matushino.wixsite.com

 

でしたが、今回はヨラム・フリードマンという人の子ども時代の話をオルレブが聞いて描いたもの。

訳者あとがきによると、ヨラム自身では客観視できなかった体験を、冷静にユーモアをもって書きまとめた、いわゆるホロコーストを描いた作品です。

 

『走れ、走って逃げろ』あらすじ

第二次世界大戦下のポーランドナチス・ドイツによるユダヤ人迫害の嵐が吹き荒れるなか、8歳のスルリックは、ゲットーの外へ脱出する。農村と森を放浪する過酷なサバイバル。少年は片腕と過去の記憶を失うが…。勇気と希望の物語。中学生から。(BOOKデータベースより転載)

 

 映画化もされています。映画は映画で良いけれど別物、と見たお友だちが言っていました。

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■日本には見ないタイプの物語

 

さて、この物語。何にびっくりって、実話なんですよね。

 

なんと表現したらいいんでしょう、オルレブの描く物語ってどこか飄々としてるんですよね。明るさがあって、流されない。こんなドラマチックな人生があるなんて、と思うのですが、とても淡々と描かれています。

 

先日児童文学仲間とも話してたのですが、「日本にはこういう形の戦争文学ってないよね」って。

 

夫も読んだのですが、やはり同じような感想を持ってました。私たちが出会ってないだけかもしれないけれど、こういう物語は日本では見ないよね、って。強いて言えば、戦争時にある市井の人の日常を描いた名作漫画『この世界の片隅に』が近いのかな、と。内容は全然違うのですが、物語から受ける感じが。

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戦争の悲惨さを訴えたいのではなくて、自分たちの子ども時代を描きたかっただけ。

でも、当然時代背景は描くわけで、訴えかけられなくても読者は能動的に戦争のもたらすものについて考えさせられます。

 

 

■過去に執着しない大切さ

 

興味深いのは、確かに過酷で悲劇としか思えないような状況なんですけど、どこか明るいんです。主人公のユレク(ユダヤ人とばれないようにするため改名)が生命力にあふれていて、それが煌めきを放っているとでも言えばいいのでしょうか。

 

ユダヤ人とばれたらどうなるか分かっていながらも、村の子どもたちの中に隙あらば入って一緒に遊んだりね。

 

主人公は敵陣からも愛される性格のようで、おかげで生き延びれたという点も大きい。でもね、もう一つ“執着しない”というのも大きいように思いました。大切な人たちを失ったこと、アイデンティティを失ったこと、片腕を人種差別のせいで失ったこと、過去に執着してないんですね。「なんとしてでも生きる」という点は執着ともいえるのかもしれないけれど、それは未来への執着なんだなあ。

 

そこで、思い出したのが大好きなステフィとネッリシリーズの第三巻『海の深み』に出てくるユディスという女の子。

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強烈な印象で残っています。ユディスは同じ民族、同じ血、ユダヤ人であることにこだわりすぎて、精神を病んでいくのです。それはもう目を覆いたくなるような悲劇で、この世の不条理を感じずにはいられませんでした。

 

でもね、不条理というならユレクだって、これ以上ないほどの不条理の中を生き抜いてきた。だけど、この明るさはなんなんだろう。

 

運命を変える力は人にはないかもしれない。

でも、運命に対して、“自分がどうありたいか”は、自分で決められるんですよね。

 

ユレクの物語は、その生き方を通して私たちに色んなことを教えてくれます。

 

ぜひ。