Pocket Garden ~今日の一冊~

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好奇心で生き延びる

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『太陽の草原を駆けぬけて』(2014年)ウーリー・オルレブ作 母袋夏生訳 岩波書店

 

今日の一冊は、まぶしいくらいにたくましいユダヤ人一家の長い旅物語。

実話に基づいた戦争中の逃避行の物語なのですが、不思議と悲壮感はありません。

もちろんツライ日々なのですが、とにかくたくましくて、なんだか輝いているんです!

 

『太陽の草原を駆けぬけて』あらすじ

五歳のエリューシャと家族は、戦争で故郷を追われ、ポーランドから東へ東へと向かった。落ちのびたのは、カザフスタンの草原の小さな村。何もかもが未知の暮らしのなかで、エリューシャは友だちをつくり、言葉をおぼえ、狩りの知恵を教わり、たくましく成長していく―。終戦後、イスラエルにたどり着くまで、どんなときも前を向いて生きた、母と子の長い長い旅の物語。(BOOKデータベースより転載)

 

■くもりのない目と好奇心が身を助ける

 

主人公のエリューシャは好奇心旺盛な男の子。誰にでも好かれるところを見ると、愛嬌のいいチャーミングな子なんだろうなあ。

 

以前の裕福な生活から一転、びっくりするような原始的な暮らしに変わります。

 

家なんて、何これ!?竪穴式住居~?とツッコミたくなるような家。 

腕時計など大人でも持ったことのないような村人たち。

水道がなく、川から水をくみ上げてくる生活。

薪や石炭の資源が近くにないため、牛の糞を乾燥させて燃料にする日々。

 

牛糞の垣根の中に巣を作ったカッコウのヒナを捕まえて料理したり、野のウサギを追い込んでつかまえたり、冬は氷がはった川に穴をあけて釣りをする。それは、とてもワクワクする日常で、みじめさなんてないんです。

なかなかお肉が手に入らないと言う意味ではみじめなのかもしれないけれど、それ以上に貴重な肉を手に入れられたときの喜びが印象に残る。ああ、サバイバル好きにはたまりません!

 

イスラム教徒カザフ人の大家族との交流の様子もまたいいんですよねえ。

 

主人公のお母さんもかなり柔軟な方だけれど、最初のほうは宗教も違うカザフ人に対してはどうしても警戒していたんですね。でも、くもりのない目のエリューシャが、好奇心で突破口を開いてくれる。違いがあっても共存できるって確信させてくれるし、読んでいて、とっても楽しい!

 

そして、読んでしみじみ思うのは、自活できるというのは自由なんだなあ、ということ。

 

裕福だった戦前のようにお手伝いさんが全てをやってくれていた暮らしは楽だったかもしれないけれど、こういう状況下では何の役にも立たない。エリューシャは好奇心を持って何でもやってみようと楽しめたから、自由だった。そう、身の周りのことを自分でできるって自由なんですね。だからイキイキしてたんだ!

 

 

■才能を活かして生き延びる

 

さて、四人の子どものシングルマザーとなった主人公のお母さん。強くて美しくて、ちょっと不思議な人です。‟母は強し”という言葉がぴったりなのだけれど、決してその役割にだけ自分を閉じ込めていないところがいい。

楽器バラライカの才能があったお母さんは、お祝い事の席へ弾きにでかけてはご馳走をもらって帰ってくるようになります。

 

さらに興味深かったのは、タロットカード!

 

私自身は占いには興味なかったので、なんとなく宗教に入ってる人は占いとかしないイメージがあったんですね。でも、タロットカードとユダヤ神秘主義って結びついてるという考えもあるんですってね。イスラム教徒の人たちもお母さんのタロット占いと頼ってくるところが面白かった。

 

薬草にも詳しいし、このお母さんはちょっと魔女みたい。

 

そして、女も捨てない(笑)。

子どもたちを施設に預けて、自分は新しい恋人を作るなど、かなり自分を生きています。でも、ぜーんぜん嫌な感じがしないの。子どもたちは複雑だろうけれど、清々しいまでに自分を生きている母の姿をもう受け入れるしかないというか。

 

才能を活かし、工場勤めをしなくても、バラライカ演奏とタロット占いだけで生計をたてられるようになっていく様は、お見事です。

 

 

原作では彼らがイスラエルに到着したのちの生活も描かれているそう。読みたいなあ。

 

とっても興味深い旅物語として読めると同時に、難民問題や民族問題についてもさりげなく考えさせてくれる物語でした。読めてよかった!