Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

神秘的な光景を心に持つ強さ

アドリア海の奇跡』(1995年)ジョアン・マヌエル・ジズベルト作 宇野和美訳 徳間書店

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なんとなくタイトルに惹かれて手に取った一冊。

 

【あらすじ】

ある春の夕暮れ、ヨーロッパ随一の錬金術師が修道院を訪れて、孤児マティアスに秘密の使いを頼んだ。三つの箱をアドリア海に運んでほしい、だが決して中身を見てはならぬ、と…。謎の箱を抱えて、罠と策謀の渦巻く夜の森を抜け、ひたすら海を目ざす少年の身に、やがて不思議な運命が…? スペインを代表する児童文学作家が描く、波乱万丈の冒険小説。(出版社HPより転載)

 

あれ、なんか既視感が……と思ったら、トンケ・ドラフトによるオランダの冒険物語『王への手紙』(岩波少年文庫)←名作!と、出だしが似ていたのでした。

共通しているのは、ある日突然降ってかかる中身を知らないまま、命がけの謎のミッション。そうなんです。今と違って、顔が分からない、写真などがない時代だからこそ、本人なのかどうかも分からない。誰が本物で誰が偽物か分からない。とてもスリルがあります。

 

でもね、ふと現代もまたその時代と同じ状況に近づいてきてるんじゃないかとも思ったんです。オンラインや加工技術、でいっぱいいるなりすまし。AI技術の悪用で、さも本人がしゃべってるかのように音声口元の動きまで加工できちゃう時代。あふれるディープフェイク。何を信じたらいいのか、“直観力”が問われてくる時代に戻ってきたのかもしれません。

 

さて、出だしが同じく修道院から始まることもあり、ついつい『王への手紙』と比較してしまうのですが、『アドリア海の奇跡』のほうが読者の対象年齢が低いのか、さらりと書かれています。対象年齢を上にして、もうちょっと背景など丁寧に掘り下げて書かれていたら、もっと大人も楽しめたのかな。

 

この物語で鍵を握るのは錬金術なのですが、私含め、あまり錬金術も馴染みのある人はそう多くない気が......。金を生み出す?不老不死?そんなもの(欲)に手を出すのはやめなさいよ、と思うけれど、どうやらもっと崇高なものらしい。その辺も、もっと掘り下げて書かれていたらなあ。ドラマチックな生い立ちとか犠牲とか分かりやすすぎる設定だなあ。なんて、途中までは色々と思っていたんですね。

 

ところが!!!

主人公が秘境のような地で、錬金術を体験するのですが、その場面があまりにも神秘的で圧倒されました。息を飲むようなまばゆい、夢のような場面。なんて壮大な美しさ。金色にきらめく世界。生命のきらめき。

 

もうちょっと掘り下げて~、なんて感じたのが、もうどうでもよくなりました。

 

ふう。これはねえ、本でしか体験できないですよね。これが、物語の力。この場面が味わえただけでも、私は読めてよかったなあと思いました。

 

日々の中で窮屈な思いをするときが出てきたら、ふとこの場面を心の引き出しから取り出し、思い浮かべたい。そしたら、きっと、ふと気持ちが解き放たれる気がするのです。心にこんな光景を持ってる人は、きっと強い。

 

壮大な神秘の光景を見てみませんか?