Pocket Garden ~今日の一冊~

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ピンチのとき励ましてくれるもの

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『ハロー、ここにいるよ』(2020年)エリン・エントラーダ・ケリー作 武富博子訳

 

今日の一冊は、さまざまなルーツの人々が暮らすアメリカが舞台の物語。

作者自身の母親がフィリピン出身なこともあり、主人公の家族はフィリピン系です。その他にも、日系アメリカ人の子が出てきたり、聴覚障害の子が出てきたり、多様性に富んでいる点がニューベリー賞のポイントにもなったもよう?

 

ただ、アメリカ人が読めば多様性なのですが、日本に住んでいる私たちからは多様性というより外国の物語の一つというくくりになっちゃうんですけどね(笑)。

 

とても読みやすいです。

章ごとに、それぞれの登場人物の視点から語られているので、外から見るのとその人側から見るのでは、こんなにも違うんだなあ、ということも再認識させられます。

 

『ハロー、ここにいるよ』あらすじ

ヴァージルはおとなしい。家族の中でも学校でも目立たない。好きな女の子に「ハロー」と声をかけることすらできない。悩みがあると、自称“霊能者”のカオリに相談に行く。ヴァージルをおそった「恐ろしい運命」がやがて新しい一歩につながる笑いと涙の友情物語。2018年のニューベリー賞受賞作。(評論社HPより転載)

 

 ■マジョリティから外れても主役になれる!

あとがきによると、作者がこの本を書いたきっかけは、内気で感じやすくて運動が苦手な男の子が出てくる本がもっとあってもいいのでは、と考えたからだそう。出てくる登場人物は、みなどちらかというとマジョリティから外れているタイプ。

 

主人公のヴァ―ジルは母世やからカメと呼ばれちゃうくらおとなしいし(←でも、これは母親が酷い)、ヴァ―ジルが唯一話せる友だちのカオリは霊能者気取り(←これが、なんともいえずおかしい)、ヴァ―ジルが友だちになりたいヴァレンシアは聴覚障がい者

 

いままであまり主役になりえなかったような子たちにスポットライトを当てる、あ、私たちも主役になれるんだ、そう思えるのってとっても大きなことなんですよね。

 

■いじめっこにも背景あり 

この物語の中には、典型的ないじめっ子も出てくるのですが、その子はその子で父親からのプレッシャーが大きいんです。いじめの大きな要因の一つに“不安”があるなあ、としみじみ。

 

いじめっ子のチェットは、聴覚障害を持つヴァレンシアにも日頃から嫌がらせをしているのですが、彼女に見透かされてる感じにゾッとしているのです。魔女なんじゃないかとすら思ってしまう。でもね、チェットの側から見ると、彼女は先生たちから優遇されていて、自分のほうはいつも先生たちから追い詰められているように感じている。不公平を感じているから、いじめにつながるんですね。

 

いじめっ子にも背景あり。大人が読むと、チェットに救いの手を差し伸べたくなります。ヴァレンシアは精神的に強いけれど、もろくて弱くて助けを必要としているのは本当はチェットのほう。チェットの背景はさらりと描かれているけれど、目に留めたい背景です。

 

■物語はいざというとき力を持ってくる 

もう一つこの物語の中で、力を持ってくるのが、ヴァ―ジルがおばあちゃんロラから聞いたフィリピンの伝承民話(作者が創作したものや話を膨らませたもの)の数々。物語の力を感じます。

 

特に神話や民話系の物語は、無意識下に語りかけてくるので、非常事態に陥ったときに力を持ってくるんですよね。日頃からというより、いざという時に、力を発揮してくれるんです。時に、幻覚、幻聴となってでも語りかけてきて、自分を奮い立たせてくれる。ピンチを切り抜ける力となるんです。一人でも一人じゃない。

あなどれません。

 

さあ、カオリの家に行く途中、井戸の中に閉じ込められてしまったヴァ―ジルは果たして脱出できるのか。カオリたちはヴァ―ジルを発見できるのか。ヴァ―ジルとヴァレンシアは友だちになれるのか。ドキドキハラハラも楽しめます。

 

多様性がテーマになっているといっても、カジュアルな雰囲気で堅苦しくなく、説教臭くもないので、本が苦手な子でも読めそうです。