Pocket Garden ~今日の一冊~

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幽霊に育てられた少年の物語

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『墓場の少年 ノーボディ.・オーエンズの奇妙な生活』(2010年)ニール・ゲマン作 金原瑞人訳 角川書店

 

今日の一冊は、物語の世界観に没頭したい時におすすめのコチラ!

 

現実世界に息苦しさを感じているとき、ファンタジーってどこか風穴を開けてくれますよね。目に見えているだけが全てじゃない。自分の知らないところで何かが活躍してると思うと、なんか救われるんですよねえ。

 

《『墓場の少年』あらすじ》

この子をノーボディと名づけよう―。ある夜、一家が殺害された。たったひとり、生き残ったよちよち歩きの赤ん坊が迷い込んだのは、真夜中の墓地。この日から、墓地の幽霊たちの愛情溢れる、世にも奇妙な子育てが始まった…。幽霊に育てられた少年の冒険と成長を描き、カーネギー賞ニューベリー賞をダブル受賞した、ゲイマンの最高傑作。

(BOOKデータベースより)

 

 

毎日暑いですしね。なんだかお墓と聞くだけで、涼しい風が吹いてくるような気がするので、夏にぴったりの一冊かもしれません!?

 

私が読んだのは上記のハードカバー版でしたが、今年に入って文庫版も出版されました。

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その関係で、先日の銀座教文館ナルニア国のメールマガジンの中で熱く紹介されていたので、読んでみました。普段はこういった殺人事件なんかが出てくるものは苦手なんですけどね、信頼できる筋からの紹介の影響力って大ですねー。

ああ、この物語好きです!一気読みでした!

 

ちなみに児童文学の賞を受けていますが、地元の図書館では児童でもYAでもなく、一般のコーナーに置いてありました。

 

 

■ 色んな人がいるから豊か

 

さて、墓場といったら陰鬱なイメージですが、ここに出てくる幽霊たちのあたたかいこと。といっても、善人ばかりじゃありません。怒りっぽい人がいたり、ひねくれていたり、困った人だったり、実に人間くさい(幽霊だけど笑)。

 

日常生活を送っていると、ともすると怒りっぽいとかその人の個性を治そうと私たちはしてしまいがち。けれど、物語を読むと色んな人がいるからこそ豊かである、と気付かされます。それもあるのかな、この墓地の暗さは、実に居心地のいい暗さなんですね。

 

そして、嬉しいのは、巻頭に登場人物一覧があること!

アラフォーにもなると、登場人物豊かすぎると覚えられないんですよね……特にカタカナの名前(笑)

 

そんな幽霊たちの中でも、特に私のお気に入りは、ライザ・ヘムストックという魔女。

彼女が埋められているのは、無縁墓地と呼ばれる罪人や自殺者、異教徒用の聖別していない土地なのですが、色々な人生があるなあ、となんだかしみじみしてしまうのです。

 

人々から誤解され、疎外されていた人々。いないものとされ、墓石すらない人々。声なき者たちは、声を聞いてくれる人が現れるだけで、変わっていくような気がします。変わっていく、とはいっても、やっぱりひねくれているところが、リアリティがあっていい(笑)。主人公ポッドとの友情もじーんときます!

 

 

■ 想像の余地が残されてるからこそいい

 

この本がいいなあと思うところは、それぞれの背景を詳しく書きすぎていないところなんです!こちらに想像の余地を残してくれる。

 

例えば、どんな墓地にもあるという食屍鬼(グール)の住みついている墓。面白くない出来事が重なってふてくされたポッドは、ふらっとグールたちについて行ってしまうのです。そこに出てくるグールたちが歴史上実在した人物たちなのですが、なぜこの人がグールに選ばれたのかな、と興味が出てくる。いわゆる悪名名高い人たちではないんですよね。アメリカ第33代大統領とか、ヴィクトル・ユゴーとか。ええっと何しでかしたんだ?思わず調べてしまいます。

 

鍵となる人物たちについても、さほど詳細は記されてません。

ポッドがすねる一因ともなった、美味しくない料理を出すミス・ルスぺクは、一見魅力がないのですが、実は神の猟犬と呼ばれる種族。彼女は一体どういう人生をいままで歩んできたのだろう。描かれていないからこそ、思いを馳せる。彼女の言及はほとんどないのに、すごい存在感!

 

でも、おそらく一番人々を魅了するのはポッドの後見人となったサイラスでしょう。

生きてる人とも死人とも違う。その両方の世界を行き来できる狭間にいる人。どちらの世界にも行き来はできるけれど、どちらにも属していない孤高の存在で、感情が時折しか見えない。

 

最後に、サイラスがポッドに自分の過去についてほんの少しだけ触れる場面があるのですが、そこにグッときてしまいました。具体的には何があったとは書いていないんですよ?でも、人それぞれに背負ってきた過去ありなんだなあ、と。大好きな『ナゲキバト』のラストを思い出しました(『ナゲキバト』についてはコチラ)。

 

ファンタジーではあるけれど、とてもリアリティがあるのは、作者の頭の中で作り上げた物語というよりも、ちゃんと墓地を取材してそこからインスピレーションを得て書かれているからなんですね。

 

肉体を持つ命を生きてるって素晴らしいこと。

読み終えると、ああ私も自分の人生を生きよう!とポッドの成長に励まされる物語です。