Pocket Garden ~今日の一冊~

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ため息が出るほどの職人魂

『肥後の石工』(2001年)今西祐行作 岩波少年文庫

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橋はお好きですか?石橋見て、よくこんな巨大なのをトラックも大型クレーンも何もない時代にかけたなあと思うことってありませんか?

 

正直、私は思ったとしてもそこどまりでした。まさか、江戸時代にはその橋をかけるためにさまざまなドラマがあっただなんて、思ってもみませんでした。あまり歴史に興味なかったので、ただの無知かもしれませんが。

 

今日の一冊は、読了後には、アーチ型のめがね橋を見る目がすっかり変わってしまうであろうコチラ。

 

再読なのですが、いやあ、何度読んでも泣けてしまう。そう生きるしかなかった、という時代の制約に。そして、その中でもできるだけ誠実に生きようとしている人々の姿勢に。職人ものが好きな方にもオススメの一冊です。

 

物語の舞台は、江戸時代末期の九州地方。実在した石工頭の岩永三五郎が主人公。作者の創作した人物たちも入っているので、歴史小説ではないそうです。でも、そういうことがあった、そういう時代だったことを描いた時代小説なのだ、と。小学校高学年向きに書かれているので、文章は平易で淡々と書かれているのですが、こみあげる感動があります。

 

もうね、びっくりなんですよ。石造りの美しいめがね橋にはひみつがあったそうで、どの橋も、中央のひとつの石をとりはずすと、重力の関係で石が崩れ落ち、敵がせめてきたときに、橋を落として城を守るしかけだったんですって!そのしかけ自体にもびっくりなのですが、もっとびっくりなのは、その技術の秘密を守るために、工事に携わった石工たちは全員永送り(人目につかないように、刺客を遣わして国境で切り捨てること)にしてたこと。え、殺しちゃうの!?そこまでする!?!?

 

身分の低い人たちの命は軽い、そういう時代だったんです。職人さんたちがいないと、身分の高い人たちなんて何も自分たちでは生み出せないのにね。

 

でも、そんな中でも、やっぱり志の高い人たちはいて。もし自分がこの時代に生きていたら、と考えずにはいられないんです。もし身分が高かったら、保身に走らず志高くいられる?もし身分が低くて、自分の身内も永送りになっていたら?人って疑心暗鬼になっていると、悪い噂のほうを信じがちなので、自分も三五郎を疑ってしまったのではないか。そんな風に思うのです。

 

そんな人間ドラマの読み物としても興味深いのですが、職人ものとしても非常に興味深い!

 

岩永三五郎の石を読む力、確かな技術力には感嘆するばかり。木に木目があるように、石にも石のすじ目がある。そのすじ目に合わせないと、どんなにやっても石は割れない。その修行だけでも、長い長い時間がかかるんだとか。対話という言葉は使われてはいなかったけれど、これ石との対話ですよね。へえ、石ってこうやって切り出すんだ。とか色々おもしろいです!

 

こういう自然のものを相手にした職人ものの世界を知ると、画面上でひょいっと設計して、データ読んで材料集めてというほうがなんだか頼りなく感じてきてしまう。もちろん現代だって勉強量はすごいのは分かってるつもり。ただ、その材料がどこからきたかくらいは把握してても、どんな環境でどんな状態でまでは把握してることは少ないんだろうなあ。そういえば、昔は木を切るときは新月のときにしていた、という話も思い出しました。新月に切る木は長持ちするから。自然との対話を経て、長い長い修行を経て培った確かな見る目。こういう姿勢、なくなっていってほしくないです。

 

読了後は、橋の背後にあるさまざまなドラマに思いを馳せながら、めがね橋を観に行きたくてたまらなくなる。そんな1冊です。