Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

人の想いの強さと危うさと

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『黄色い夏の日』(2021年)高楼方子作 木村彩子画 福音館書店

すみません、投稿21時過ぎちゃいました。

 

今日の一冊は、今年の夏の終わりに出た高楼方子さんの新刊。

 

高楼方子さんの長編って、読むとなんだか”同士”っていう思いがわきあがってくるんです。向こうにしてみれば、同じにしないで、って感じかもしれませんが(笑)。幼少期に海外文学に憧れ、読んで読んで読みまくったんだろうなあ、って。だからなのか、すっと物語が自分の中に入ってくるんですよね。

 

高楼さんの物語は、いつも建物が素敵で、建物自体が魔法を持っているのですが、今回もまさに。物語は素敵な古い洋風建築の家を舞台に展開していきます。

 

主人公は、陸上部に誘われながらも美術部に所属している中学1年生の景介。美術部で人物か建物を描くというお題が出たとき、景介は偶然見かけたとある洋館に魅了され、どうしてもその家を描きたくなるんです。

 

分かるっ!!!もう、この序盤だけでワクワク。

私自身は、そんなに建物に興味があるわけではないけれど、それでも色んなおうち見ながら散歩するの好きなんです。鎌倉山のお屋敷街とか特に楽しいし、山の上に突然、空想をかきたてるようなおうちがあったりなんかした日にはもう、どんな人が住んでいるんだろう、かつてどんな人が住んでいたんだろうと想像が止まらない。物語に葉山兄弟商會というのが出てくることもあって、私の中では、物語の舞台はすっかり葉山。

 

さて、偶然が重なって、景介はその家に住む元編集者(←この編集者っていうのがまたいいんだなあ)のおばあさん小谷津さんのところに出入りすることになるのですが、そこで出会った、不思議な少女ゆりあに恋してしまいます。

 

このゆりあがね、なんともいえず小悪魔なんですよ。でも、魅了されるの分かるなあ。美しい人って、まず基本何でも許してあげたくなる(笑)。そして、わがままですら自分の欲求に忠実に生きている感じがして、もはや清々しい!

 

最初はゆりあのことを不思議に思わなかった、景介。が、やがて裏の日本家屋に住むやや子(この子が、自分をしっかり持ってて、また魅力的!!!)と知り合ったあたりから、あれ?時空がゆがんでいる???ということにうっすら気づき始めるのです(でも、認めたくないので認めない)。

 

き、来たわ。私の大好きなタイムファンタジー

老人と子どもといえば大大大好きな『トムは真夜中の庭で』じゃないの。この物語は、『トムは真夜中の庭で』や『思い出のマーニー』のオマージュ???......と思ったのですが、ちょっと違いました。どう違うかは、読んでのお楽しみ。幻想的なのに、リアリティがあります。

 

ただ、小さい頃空想家だった私には、この物語はとっても自然に受け入れられたんです。現実と物語と空想、境界線があいまいになって記憶がごっちゃになっていく感じ。ああ、分かる、分かる、って。

 

そして、この物語は、毒もあるキンポウゲに託して、空想の世界だけに引きずられたら危険ということも匂わせてくれます。”行きて帰りし物語”じゃないと、やっぱり危険なんだなあ。行きっぱなしじゃダメ。景介、危うかった!

 

高楼さんが、この家のことをやや子のことを形にしてくれ、書いてくれてよかったな。たとえ、小谷津さんの記憶が薄れても、それらは私たち読者の中に生きるもの。彼らの記憶にアクセスできて嬉しい。ちらっとしか出てこない景介のお兄さんやお母さん、それと後半、鍵になってくる幼なじみの晶子もそれぞれに魅力的でした。

 

訪ねるたびに、小谷津さんが入れてくれたという菩提樹の花のお茶、私も飲んでみたいなあ。あ、菩提樹ってリンデンフラワーのことか(飲んだことありました)。夏が来たら、ハーブティーを飲みながら再読したいと思いました。

 

福音館書店のHPで試し読みもできますので、よかったら↓

www.fukuinkan.co.jp