Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

素朴さの中にある尊さ

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アイルランド田舎物語 わたしのふるさとは牧場だった』(1994年)アリス・テイラー著 高橋豊子訳 新宿書房

※『あなたのためだけの選書』お申込みの方、順々にお送りしてますので、しばしお待ちくださいね。お待たせしていますが、忘れているわけではないので、ご安心ください。

 

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ああ、まだまだ知らなかった素敵な物語いっぱいあるなあ、と思ったら嬉しくなりました。これ、好きだなあ。1940年代のアイルランド農村の日常を描いた、素朴な物語です。

 

4部作らしい(それぞれ独立してるのでどれから読んでも大丈夫)のですが、残念ながら、4部作のうちの第一作目であるこちらは、もう絶版なのかな?思わず、速攻落札しちゃったじゃないですか(だって好きだから)。二作目以降は普通に売られているみたいです。

 

もうね、牧場好きにはたまらない物語でした!でも、特に何か事件があるわけでもなく、淡々と語られているから、地味にうつるのも仕方のないことかもしれない。

いや、よく読むと事件、あるんですよ?1940年代のアイルランドなので、お祖母さんが逃走中の独立派のメンバーをかくまったり、最愛の弟が亡くなったり。だけど、なんていうのか、とてもフラットに語られているんです。刺激に慣れていると、それが物足りなく感じるのかもしれませんが、読み終えるとね、なんだか素敵なものが心に残る、そんな物語。

 

ああ、これ好きだなあと思った一つの理由は、人間っていいものだな、というのが素直に思えるから。田舎です。当然、クセの強い人や、いってみれば非常識な部類に入る人もいる。でも、あたたかい目で、その人がその人のままで受け入れられていて、助け合っている。分断していない。

 

もう一つは、自然。妖精が当たり前にいる土地での仕事は、神の恵みと命を感じられ、とても尊いものだなあ、って。

 

植えつけがすっかり終わると、成長させるのは自然の役目でした。自然がわたしたちの信頼にこたえ、輝くばかりの緑の芽が吹き出してくるのは、見るのもすばらしいことでした。(P.36)

 

そこに、自然と大いなるものへの祈りがあるんです。人間だけが世界じゃない。だから、田舎の濃い人間関係に囲まれていても、なんだか大きなものに包まれてる気がして、ほっとするのです。 

 

この時代はいいよねえ……?いやいや、厳しい時代だったと思います。でも、子どもの目から見たら、豊かだし、自由があったんだろうなあ。学校教育は、まだこども本位でない時代で、いまより窮屈だったことも容易に想像できます。

 

でもね、アリスは言います、“わたしたちの生活のしかたが、その教育の欠点を補っていた”って。性教育だって、家畜を飼っていれば牡牛の受精も身近だし、自然と学ぶ。学校の帰り道は、素晴らしくて、キンポウゲを摘んだり、鳥の巣をのぞいたり。運がよければ、途中近所の人に及ばれしてケーキをごちそうになったり、ベリーを摘んで隠したり。太陽をたっぷり吸い込み、ゆったりした気分になって、家に着く頃には学校のことはほとんど忘れているんですって。

 

結局のところ、学校はわたしたちが学ぶもっとも大きな世界のほんの一部にすぎなかったのです(P.145)

 

ここです、ここ、いまとの違い。いまは、学校だけが世界になりすぎてますよね。そして、子どもが子どもらしくいられる時間が圧倒的に少ない。

アリスの時代は、家のお手伝いも多いけれど、そのお手伝いの一つ一つが食など生きるために直結していて、尊さすら感じるんです。なおかつ子どもらしく自然の中で遊ぶ時間もたっぷりあった。それが、大事なんだなあ。

 

そして、また児童文学あるあるなのですが、ここに出てくるお母さんがねえ、もうもういいのです!!!かくありたい!

 

日本の昔のお母さんも同じだけれど、アリスのお母さんも忙しくて、言葉で“愛してる”なんてこと言わない世代なんですよね。でも、朝ごはんのときはいっしょにいて、困ってることがあれば何でも聞いてくれて、いつでもあたたかい愛でみなを包んでいたので、わざわざ言葉でいう必要がなかった、って。

 

このお母さんのエピソードで好きなのは、ある日アリスが帰宅すると、台所のドアから水が小川のようにあふれていたというもの。聞けば、お母さんはいつもきれいな服を着せてもらっている近所の一人っ子の女の子を預かっていて、台所の真ん中には砂と水がいっぱいの大きな鉄製のさびた手押し車があるというではないですか。お母さんはこういうのです。

 

こどもはしたい放題するのがいいの、砂と水はとってもこどものためになるのよ(P.168)

 

わあ、理想のお母さん!!!

これ、なかなかできないことですよね!外でならある程度やりたい放題させても、家の中だとつい子どもをコントロールしたくなっちゃいません?汚されたくない、散らかされたくないって……私だけ?

 

素朴でありながら、人間と神と自然との関係性に、なんだか静かに神聖な気持ちにさせられる物語でした。こういうものが、私たちには今足りないのかもしれない。

2作目以降も読むのが楽しみです。