Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

中高時代に触れたい視点

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『14歳からの社会学 これからの社会を生きる君に』(2013年)宮台真司著 ちくま文庫

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今日の一冊は、高1長男から渡されたこちら。

ちなみに、渡した当の本人、長男は未読です~(笑)。

 

 宮台さんの本を読んだのは初めてなので、よく分からないのですが、この本の中で対談している作家の重松清さんによると、この本は宮台さんにしては珍しく、ストレートに語りかけてきているらしいです。「本気」モードらしい。

個人的には、若者には読みなれているであろう“横書き”が読みにくかったです。

 

この本は合う合わないがあるだろうなあ、と思っていたら、思いのほかレビューは高評価だったので逆に驚きました。私は合わない部分のほうが多かったので、感想は多少辛口になりがちかも。宮台さんファンの方は、不快な思いされるかもしれないので、これから先は読まないでくださいね。

 

■問いかけの少なさに反発心?

 なんだろ。共感できない部分が何カ所かあったからか、心に残るものがあまりなかったんですよね。宮台さんの出した答えが、ずらずらと書かれていたからなのかも。

 

“問いかけ”が少ない。

 

色んなことに対して、宮台さんが言い切ってるところが、個人的には苦手だった。

でも、語尾に「かも」などをつけることは、逃げ道を作ってるともいえるので、言い切る=自分の発言に責任を持っているともいえるのかもしれない(←ね、こういう風に“かもしれない”という書き方)。だけど、私は生きてきて途中で何回も価値観変わってきているので、いまの自分の考えが“絶対”だなんて自信が持てないんだよなあ。

 

校則に関するところとか、そうかな?と思うところも断言されてるのが気になる。「こうとはいえないか?」などの提示や問いかけがほとんどない。

 

働くことに関するところでは、宮台さんが提示する形も一つの現実的な考え方ではあると思うし、知ることも大事。でも、まるで妥協せよと言ってるみたいにも聞こえる。なんだかなあ。与えられた場所で、自分らしく全力を尽くせというのは賛成だけど。それは、もがいたあとでもいいのでは?言い方なのかなあ。なんか見くびられてる気がしちゃう。

 

上から目線までとはいかなくとも、この方からは読者への信頼が感じられないんだよなあ。

 

■学問的な解釈に出合う大事さ

とはいえ、中高生で社会学的に物事を見ようとする子は少ないというか、そういうものの見方があることすら知らないと思うので、こういう本、こういう視点に触れるのはとても刺激的でいいことだと思います!

 

自分だけの問題かと思っていたら、実はこれが社会の問題だったのか、と知る。それだけで、開けるように感じる子もいると思うんです。

 

理解できるかできないかは関係ない。こういうアカデミックな考えに触れるのって、ゾクゾクしますよね!

 

■若者にケータイ小説が読まれる興味深い理由

さて、内容に関してだと、 個人的には、なぜ若者がこんなにケータイ小説ばかり読むのかということの理由なんかは、とても興味深かったです。

 

彼女たちは、現実の人間関係に期待していないから、「レイプ」とか「妊娠」とか「流産」とか「癌で死ぬ」とか、そういう現実にはめったにない「事件」に反応して泣くんだ。

中略

 濃密な人間関係を経験したことがないから、濃密な人間関係がえがかれた古いタイプの小説や映画にふれると、彼女たちは「自分がはじかれてる」と思ってしまう。そんな彼女たちが望むのは、「ディープな関係」ではなく、「ディープな事件」を並べた作品だ。

中略

 そこでは「関係」ではなく「事件」だけが問題だ。だから登場人物は入れかえ可能な「記号」にすぎない。(P.86)

 

相手が固有名詞を持った、誰とも入れかえられない存在になるのは、非日常の「事件」ではなく、日常の「関係」の積み重ねのおかげだ。(P.87)

 

確かに、一理あるかも。児童文学なんかだと、登場人物と読者の間にも「関係」が作られるから、そんなすごい事件が登場人物の身にあったら、数日立ち直れないなんてこともありますもん。いい物語に出合うと、読了後も登場人物たちが心に住みついちゃいますからね。

 

ところで、恋愛のところで、愛を得るためには傷つく覚悟が必要、と書かれているのですが、これ友情でも同じだなあ、って。SNS上でつながっているつもりになっているけれど、生身の人間として対峙することが少ないと、本当には関係は築けてはいないんですよね。先日ご紹介した、こちらもあわせて読むとさらに興味深いです↓

jidobungaku.hatenablog.com

 

ただね、余談ですけど、ナンパで100人以上の女の子と関係を持ったことを、恥ずかし気もなく書いちゃう宮台さんの神経が分からない。愛が分からなかった、と書いてるけど、人数書く必要性を感じなかったな。これご本人ちょっと武勇伝に感じてますよね(笑)?

 

■脱社会的存在のおそろしさ

 もう一つ興味深かったのは、脱社会的存在のおそろしさについて語っていたところ。

なぜ人を殺したらいけないのかが分からない、という子が普通にいるそうです。自分が自分であることにとって、他者たちの存在が無関連であるような人間たちが出てきた。「尊厳」が他者たちとの交流を経由していない、といってもいい、と著者。そして、こういう脱社会的存在の人たちが若くても凶悪犯罪を犯すのだ、と。

 

他者たちとの交流と無関連なまま自己形成できるような社会はおかしい。

ここには賛成です。

 

ただ、気になったのが、社会学用語なのかもしれないけれど、「承認」という言葉がやたら使われていたこと。

いまの時代、「承認」という言葉を聞くと、SNS上とかでよく聞くところの承認欲求のイメージが強くて。他者からの「承認」を得るために、必死で動かねばと勘違いする子がいそう。

 

他者とのつながり、関わりによって自己を知るという表現のほうが、個人的にはしっくりくるなあ。自分のことをちゃんと見ていてくれる人がいるというのは、とても嬉しいこと。人間は他者との関わりの中で、つながりを感じて喜びや生きているという実感を得るというか。「承認」と同じことを言っているのかもしれないけれど、受ける印象が違う。

 

■複数の学問から見てみよう

 そんなこんなで、個人的に思ったのは、社会学からだけで世の中を見ない方がいい、ということ。確かに社会学は面白いし、とても意義のある学問だと思う。

だけど、すべてをそこに当てはめようとするよりも、もっと多角的に見たほうがいいという気持ちが湧きおこってしまうのは、私が学生時代とった学科間専攻の科目の中で、唯一社会学原論だけが不本意にもBだったから(笑)?アンソニー・ギデンズとかも、一応読んだんですよ、昔。懐かしい。

 

社会学が、人間が作っている社会という枠組みの中で考えるから、個人的に息苦しさを感じるのかも。

 

文化人類学や、文学、哲学、心理学やその他の学問からも眺めてみるのが大事なんじゃないかなあ。いろんな角度から見る。リベラルアーツ

 

■結論:この本をすすめたい子、避けたい子

早熟な子をのぞき、一般的な14歳にはこの本、難しいです。でも、こういう考え方があるということに触れること、中高の教科書以外の学問の世界に触れることは大事だし、真摯に向きあってくれる大人の言葉に耳を傾ける機会は大事。

 

でも。個人的には宮台さんの主張を押し付けられた気がした。エリート思想的なところも、言わんとしていることは分からなくもないけど、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょうよ、と頭にきちゃった(笑)。

 

ここにちゃんと疑問を持てる子はいい。自分で新たな問いをたてられたり、本当にそうかな?と思える子はいい。そういう子にはおススメ。

 

ただ、うちの長男みたいに、よく言えば素直、悪く言えば何でも鵜呑みにしがちな子にはおすすめしないなあ。

 

もうちょっといいところを書きたかったのですが、時間がたてばたつほど、辛口になってきちゃいました(笑)。読んだことのある大人に、感想伺いたいです。