Pocket Garden ~今日の一冊~

大人も読みたい、大人こそ読みたい、大人のための児童文学の世界へご案内

自信がないからそうさせない

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ヒットラーのカナリヤ』(2008年)サンディー・トクスヴィグ作 小野原千鶴訳 小峰書店

 

昨日は長崎の原爆の日でした。

小学生のころに映画化もされた永井隆さんの『この子を残して』を読んだことは、強烈な印象で残っていますが、そういえば長崎の原爆に関する本ってあまり知らないことに気づきました。

 

さて、今日の一冊は、デンマークの物語です。

タイトルのヒットラーのカナリヤとは、BBCラジオで言われていたこと。デンマークは、鳥かごにいれられて、ヒットラーにいわれるがまま歌を歌わされているヒットラーのカナリヤだ、と。

 

■戦争に関する悲しみに優劣なし

 

私ね、たくさんの戦争児童文学を読むまでは、心のどこかで○○のケースは△△のケースよりマシとか、思っていた気がします。例えば分かりやすい例で言えば、ホロコーストに送られるユダヤ人より、疎開できたユダヤ人のほうが恵まれてるよね、とか。

 

でも、読めば読むほど戦争というものは、そんなもんじゃあないことに気づかされます。戦争においては、“マシ”なんてないのです。自分の身近な人が亡くなったら、心の傷に優劣はないんですよね。

 

 ■どの国にも善人悪人がいてその区別は難しい

 

今日の一冊は、第二次世界大戦中、デンマークで起きたレジスタンスの物語。

10日間におよぶデンマークユダヤ人の救出劇。デンマークユダヤ人の友人たちを救うために、たくさんのデンマーク人たちが命をかけて立ち向かうのです。これが、実話に基づいているというからスゴイ。

 

実は、最初の30ページくらいまでは、いまいち物語の世界に入りこめなかったのですが、そこからは一気読みでした。うーん、いまいち合わないかなあ、読みづらいなあ、と思っても、とりあえず30ページくらいまで読み進めてみてください。 

 

途中から、手に汗握る展開!

1943年何月のできごと、という風に章が書かれているのですが、もうね、こちらは1945年に終戦って知ってるから、あと2年!早くすぎろー、って祈るわけです。

 

でも、ゲーム感覚じゃないんですよね。主人公のバムスは何が正しいのかどうすべきか分かっていながらも本当はとても怖い、できればやりたくないというところがとても共感できるんです。

 

そして、この物語の中で繰り返し語られていること。

それは、すべてのドイツ人が悪人で、すべてのデンマーク人が善人だったわけではない、ということ。どちらにも、いい人もいれば悪い人もいて、その境界線を引くのは簡単ではないということ。そう、家族間ですらも。とても緊迫した状態です。誰を信じたらよいのかワカラナイ。

 

ドイツ兵の幹部でも見逃すことに積極的だった人たちがいたことは意外でした。

そして、最も反ユダヤ人運動に熱心だったのは、占領軍に対して手を貸す立場にあった、デンマークナチスだったことも。

 

国じゃない、結局は、人間一人一人の問題なんですよね。

 

最初、主人公の父親は家庭を守るために、何もしないことを選択します。その気持ちも痛いほど分かる。それでも、実際に理不尽な場面を目の当たりにして、何かをしなければいけない!と思い直すのです。

 

自分だったら果たしてできるのか、自問自答せずにはいられませんでした。

 

 

■自分らしく生きるとは

 

もうひとつ、この物語で印象的だったのは、自分らしく生きるというテーマ。

バムスのママは女優さん(このお母さんのキャラがいいんです!)。

芸術家や芸能関係の人ってゲイの人が多いのですが、ママの親友でもあり衣装担当であるトーマスの存在です。

 

いわゆるお姉言葉で話すトーマスに対し、バムスの兄で正義感に燃えるオーランドは、男なのにトーマスは男らしくないじゃないか!と言い放つのです。それに対するママの言葉が素晴らしかった。

 

「男らしいってどういう人のことをいうの?どういう人が男らしいの?」ママはくりかえし、最後にこう言った。「簡単にいえば、それは、自分らしくある人のことじゃないのかしら」(P.33)

 

実は、これペールギュントイプセン)からの言葉。ママはいつも舞台の台詞の言葉を引用するんですね。自分があるんだかないんだか。でも、最後には捨て身で、とてつもない勇気を見せる、最高のママなのです!好きだわあ、このママ。

 

また、ナチスよりでそれからレジスタンス側に転向したパパの兄、ヨハンおじさんもどうしてもトーマスのことを受け入れられません。なんでヨハンおじさんはトーマスを好きじゃないの?と問うバムスに対して、父さんはこう答えます。

 

「バムス、世の中には自分とちがうものに対しては、それがなんであれ恐怖を抱く人がいるんだ。その対象は、ユダヤ人だったり、ジプシーだったり、魔女だったり、とにかく理解できないものすべてだ。でも、だれにでも、ありのままでいる権利がある。そのために、僕たちが立ちあがらないといけないんだ。そうしないと、いつの日か、自分がほかとちがうことで、のけ者にされる日がくる。そのときにだれも助けてくれる人はいなくなってしまうんだ」(P.221)

 

最後のトーマスの決断は、ドラマチックというよりもとても静かな場面でした。静かで人間の尊厳を感じる場面。号泣でした。

 

 

■自信がないからこそ事前に食い止める

 

この物語には巻末に解説があって、そこでは淡々と数字と事実が述べられているのですが、そこでもまた涙が止まりませんでした。

 

市民たちの救出劇のおかげで、デンマークユダヤ人で亡くなったのは全体の2%以下だったそうです。すごい!!!それでも、やっぱり犠牲になった人たちはいるわけで、パーセンテージの問題じゃないんですよね。

 

本当にすごい人たち。

 

怖がりの私は、もし同じ状況になったら、情けないけれど同じようにできる気がしません。

この物語に出てくる勇気ある子どもたちは、本当に本当にすごい!!!子どもですよ?

私自身に関して言えば、どうするべきかが正しいかは分かってはいるけれど、保身に走らない自信が正直言ってないんです。

 

だからこそ、そんな状況を生み出さないよう、今できることをしなければいけないと強く思いました。まだ戦争は始まっていないのですから。自信がないからこそ、そういう状況を生み出さない!

 

色んな人に読んでいただきたい素晴らしい物語でしたが、悲しいかな、絶版です。

中古(33円から!)か図書館でぜひ探してみてください。